【よくあるご質問トップ10】③どのくらい古くまでわかるの?その2 1,000年さかのぼろうと頑張った実例

①いくらくらいかかるの?その1
 その1 STEP1「家系図の作成(戸籍調査)」A「調査範囲」
 その2 STEP1「家系図の作成(戸籍調査)」B「調査内容」
 その3 STEP2「家系図の保存」
 その4 「戸籍以上の調査」
②どうやってつくるの?
③どのくらい古くまでわかるの?
 その1 1,000年さかのぼれた実例
 その2 1,000年さかのぼろうと頑張った実例←このページはコチラになります。
④できるだけさかのぼりたいんだけど?
⑤先祖の職業などもわかるのでしょうか?
⑥地域が離れていても大丈夫?
⑦どれくらい期間がかるの?
⑧どういう人から依頼が多いの?
⑨どういう理由で家系図を作るの?
⑩過去帳や親族が作った系図があるときは?

——————————–

 

**-③どのくらい古くまでわかるの?その2 1,000年さかのぼろうと頑張った実例-**
家系図作成代行センター代表の渡辺宗貴(わたなべむねたか)と申します。家系図を作る仕事をしています。
「家系図を作っているんです」と話すと、いろいろなご質問をいただくのですが、
中でも特に多いのが「どのくらい古くまで分かるの?」という質問です。

**-前回の事例:1000年前までの家系図-**
前回は、「1000年前までの家系図を目指して、ある程度道筋をつけた実例」についてお話ししました。

【よくあるご質問トップ10】③どのくらい古くまでわかるの?その1 1000年さかのぼれた例

簡単とは言えない作業でしたが、なんとか成功例をご紹介しました。

**-今回のテーマ:さらに難しい挑戦-**
今回は、より難しいケースに挑戦した実例についてお話しします。
調査の中で直面した課題や、それを乗り越えるために行った工夫をご紹介します。

**-家系図作成の出発点:戸籍調査-**
家系図を作成する際、最初に行うべきなのは戸籍調査です。
まず、自分の戸籍を取得し、それを基に先祖の戸籍を一つずつ遡ります。

私は北海道札幌に住む渡辺ですが、今回は母方の家系である「葛西」を例に話を進めます。
調査を進めたところ、母の「葛西」家は江戸時代まで遡ると青森県に住んでいたことが分かりました。

このように戸籍調査で得た情報を元に、まず家系図を作成します。
2代前、3代前、4代前……と、できる限り遡っていきます。

**-苗字辞典でルーツを探る-**
戸籍調査で得られた情報をもとに、次に行うのが全国的な苗字辞典の確認です。
私は以下の2冊を利用しました。

★『姓氏家系大辞典』- 日本を代表する苗字辞典。


★『全国苗字大辞典』 – より近年の情報を含む辞典。

「葛西」という苗字について調べたところ、千葉や東京の間にある「葛西」という地名が発祥であることが分かりました。
その後、鎌倉時代に関東を出て東北地方に進出し、南北朝時代には青森県にまで広がったようです。

**-苗字の分布を確認-**
さらに、「葛西」という苗字の分布を確認しました。
現代のツールとして「名字由来ネット」やインターネットの地図サービスを活用すると、
青森県が最も多い地域であることが分かります。

この情報を基に、ルーツをさらに深掘りしました。

**-地域の苗字辞典で詳細を調査-**
地域ごとの苗字辞典も調査に役立ちます。
例えば、岩手県や宮城県の『日本姓氏歴史人物大辞典』には、葛西家の歴史が詳しく記録されていました。

これらの情報を総合すると、葛西氏の一部が戦国時代に青森に移住し、
津軽地方で定着した可能性が見えてきました。

**-インターネットを活用した苗字調査-**
現在、インターネットは苗字調査に非常に便利なツールとなっています。例えば、「葛西」という苗字を調べると、以下のような情報が得られます:

– 発祥地や由来
– 現在どの地域で多く見られるか

また、どの都道府県に多く分布しているかなどもある程度確認できます。これらの情報を総合的に活用することで、家系図を作成する際の基礎データを整えることができます。

※ただし、インターネット上の情報については、その出典を確認することが重要です。

**-Wikipediaでの追加調査-**
さらに、Wikipediaも便利な情報源です。「葛西氏」で検索すると、この苗字に関する情報が網羅的にまとめられています。一部のページでは、家系図形式で情報が整理されており、より具体的な流れを把握することができます。

例えば、葛西氏のルーツを追うと、以下のような系譜が浮かび上がります:

1. 桓武天皇を祖とする説
2. その子孫である「清重」が「葛西」を名乗るに至った経緯

※あくまでもインターネット上の情報については、その出典を確認することが重要です。

この情報は、全国的な苗字辞典や各県ごとの苗字辞典を参考にしている場合が多いと考えられます。

**-津軽葛西氏のルーツを探る-**
青森県の葛西氏のルーツについては、簡単には出てきませんでした。そのため、さらに深掘り調査が必要です。具体的には、岩手県の『岩手県史 第2巻中世編』を参照したところ、次のような情報が得られました:

– 葛西四郎太夫清宗という人物が津軽葛西氏の祖である可能性
– この人物がどのように津軽地方に至ったのか

**-葛西氏の家系図に落とし込む-**
この調査結果を基に家系図を作成すると、次のような流れが見えてきます:

1. 「頼清」という人物が1350年頃に活躍
2. その長男「満良」は仙台の葛西氏を継承
3. 「満良」弟の「清宗」が『岩手県史 中世』に津軽葛西氏の祖となると記録されている。

年代としては、頼清が1300年代半ばの人物であるため、その子「清宗」は1300年代後半に活動していたと推測されます。

**-今後の課題-**
葛西氏の家系をさらに遡るためには、追加の文献調査が必要です。また、地元の郷土資料や伝承を確認することで、家系図をさらに詳細にする可能性もあります。

**-地元資料でさらに深掘り-**
さらに、地元の『板柳町史』を調査しました。
板柳町は青森県にある町で、私の先祖が住んでいた飯田村が現在の板柳町に含まれています。

地元の古文書を確認すると、飯田村に「葛西」という苗字の家が住んでいた記録がありました。
ただし、詳細な家系図までは確認できませんでした。

**地元資料で400-1000年遡れるケースも**
葛西家の記録はありませんでしたが、当家の四代前権八郎が葛西家に養子に来る前の実家、横沢村の太田家についてはかなり詳細な記録が残されていました。

**-調査の限界と次のステップ-**
さらなる文献調査では、『新編弘前市史』『日本城郭大系』等で1500年前後の「葛西頼清(大光寺城主)」で1570年代の「葛西祐清(葛原館主)」という人物まで確認できました。
しかし、それ以前の記録には空白があり、詳細なつながりを確定することはできませんでした。

このような場合、地元の人々や郷土史研究者に直接問い合わせを行うのも有効です。
たとえば、現地の「葛西」姓の方々に手紙を書き、情報提供をお願いすることも一つの方法です。

**-次回予告-**
今回の調査では、1000年という長い歴史を遡る過程で、文献と戸籍の限界に直面しましたが、
新たな情報や仮説を得ることができました。

次回は、「先祖の職業」について、武士や農民といったルーツをどこまで明らかにできるのかをご紹介します。

「戸籍調査」について詳しくはこちら↓↓↓

1、家系図って?

「戸籍以上の調査」について詳しくはこちら↓↓↓

「戸籍以上の調査」