【小説版】「1000年たどる家系図の物語(仮)」-目次‐
序章 源静香と1000年の家系図
【第一部】
第一章 1000年の物語を紡ぐ旅
第二章 家系図はじめました←このページはコチラになります。
【第二部】
第三章 200年前 戸籍が紡ぐ軌跡
第四章 400年前 藩政資料が紡ぐ武士の人生
第五章 1000年前 -人皇第五十代帝桓武天皇四十世ノ子孫源静香-
【第三部】
第六章 また家系図はじめました
第七章 人はなぜ家系図を作るのだろう?
第八章 霧の渋民
第九章 雨の渋民
第十章 飴の渋民~泣いた赤鬼~
第十一章 虹の渋民
第十二章 伊予守源義経~夢とロマンと…
-終章- 優しくなりたい
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第二章 家系図はじめました
-タマと玉置浩二の遠い縁-
サッカーや猫の話題で盛り上がり、会話が楽しくなってきた。
「なんで奥さんのことタマって呼んでるの?」
「旧姓が玉置なんです。安全地帯の玉置浩二さんの遠~い親戚だって話があるんですよ。」
「えっ!すごいね!ほんとに?」
タマが苦笑しながら、軽く首を振った。
「どうかなあ。噂だけで、親族の間でも確かなことは誰も知らないのよ。」
「でも、それだけでも話題になるよね。」静香さんが笑顔でうなずく。
その時、チヨが静香さんの膝の上をじっと見つめていた。
静香さんの手の中にあるジップロック袋、その中の金属片に興味津々の様子だ。
-家宝?扇形の金属片-
「ああ、これ?えっとね、うーん、家宝…かな?」
扇形の錆びた金属片。横3センチ、縦2センチほど、年代物の器具のようだ。
「何かわからないけど、お父さんが『代々伝わってるんだ』って言ってた。いつか私にくれるって」
「すごく古そうですね。ちょっとお借りしてもいいですか?」
「別にいいよ」
「実は僕、家系図の先生がいて、その人は歴史にも詳しいんです。」
”篁(たかむら)公太郎先生とは5年前に出会った”。家系図や歴史のことを一から教えてくれた恩師(少し変わった人ではあるが)。
「なにかわかるかな」
「ええ。きっとわかります。」
-静香さん家族の物語-
「お父さんとお母さん、どんな方なんですか?」
静香さんは少し照れながら話し始めた。
「私はお父さんとお母さんの二十歳の時の子なんだ。学生結婚。お父さんは医者、お母さんは看護婦。どっちも旭川の医大に通ってたの。」
「ご両親ともお若いのに、すごい決断力ですね。」
「でしょ?お母さん、私を産んだ後に大学戻って資格取ったんだって。強い人だよね。」
静香さんはそう言って微笑む。その表情には、母親への深い尊敬がにじんでいる。
夫である道哉氏の突然の事故死から驚くほど早く立ち直り、葬儀の翌日には看護婦として職場復帰したという。
「本当に強い人ですね」
-シシャモの町での不運な事故-
「父さん、鵡川で亡くなっちゃったんだよね。事故で。父さんは悪くなかったみたいなんだけど。」
あえて明るく話すその言葉に、どう返事をすればいいのか迷う。
静香さんは遠くを見るような表情をした。
「鵡川って、シシャモで有名だよね。」
話題をそらそうとする彼女の心情が胸に刺さる。
不運な交通事故だったと聞き、自分の家族だったらと思うと、やるせない気持ちになる。
何も返せずにいると静香さんは一瞬間を置き、声のトーンを変えた。
「渡辺さん、サッカーやってるんだよね。高校でもやってたの?」
突然の切り替えに驚きながらも、軽く笑って答える。
「すぐやめました。100本ダッシュとか、もう無理でした(笑)。」
静香さんがスマホを操作しながら笑った。
「あはは!高校サッカーは見てた?お正月の。」
「超見てましたよ。」
-伝説のゴールと父の選択-
全国高校サッカー選手権の名場面が映る。
『背後から来たボールを浮かせ、大きなキーパーを鮮やかにかわすプレー。まるで義経の八双飛び!』
「これ、お父さん?」
「うん、そう!すごいよね!」
旭川実業の10番、源道哉。
『うずくまるキーパーを慰める源君。何か声をかけているようだが…旭川実業、初出場で初のベスト4進出!!』
同年代のヒーロー。リアルタイムで見ていた試合だ。
相手チームの大きなキーパーとの対戦は当時、『源義経と弁慶の五条大橋』みたいだと話題になった。
「お父さんが言ってたよ、『あのキーパー、本当に弁慶の子孫なんだよ』って。冗談っぽかったけどね。」
「たしかに、高校生とは思えない圧倒的な存在感のキーパーでしたよね。」
そんなキーパーを俊敏さとテクニックで圧倒する小柄な源道哉さんは、Jリーグ入り確実といわれていたが…。
「お医者さんになってたんですか。」
「うん。何か特別な理由があったんだと思うけど、「いつかね」って教えてくれなかったんだよね。」静香さんがにっこり笑う。
お父さんの話、もっと聞きたいなと思いながら、そろそろ休憩を終えることにした。
-父方、謎深まる源の源流-
戸籍の取り方を説明する前に、苗字から少し推測してみよう。
「まずは今のお名前。父方は『源』…ですね。」
「源」という苗字の由来は何だろう?
源氏の「源(みなもと)」で、頼朝や義経と関係があるのだろうか。由緒ありそうだが、具体的なことはまだ分からない。
「ちょっと今はわかりません。勉強不足でして…。お恥ずかしい限りです。」
「そっか。なんか由緒ありそうだよね。社会の授業で源氏の話が出るたびに、からかわれてたよ。」
静香さんが少し笑う。その笑顔には、嫌な思い出もすぐに消化できる強さを感じた。
「たしかに源氏は栄えた一族ですが、子孫がどうなったのか…。次までに調べておきますね。」
篁先生に教わった「源平藤橘」から派生した苗字の話が頭をよぎる。しかし、歴史上の「源(げん)」と現代の「源(みなもと)」がどう繋がるのかは謎のままだ。
「ところで、お父様の家系って、どちらの出身なんでしょう?」
静香さんが少し首をかしげる。
「旭川生まれだけど、もともとは東北のどこかって言ってた。」
「なるほど、東北から移住されたんですね。」
その答えに少しうなずきながら考えを巡らせる。
「やっぱり戸籍をたどって、移動の経緯や居住地を確認するのが一番早そうですね!」
-母方、謎解ける遊馬野の夢路-
「ところで、お母様の旧姓は?」
「ちょっと変わってて、ユマノ」
ユマノ!?
ホワイトボードに「遊馬野」と書くと、静香さんが頷いた。
「うん、それ!」
かつて遊馬野という苗字を目にしたことがある。
「ご先祖様の出身は…仙台亘理藩、宮城ではないですか?」
「えっ、そう、先祖は仙台だって聞いてる。」
仙台藩支藩亘理藩士の勉強をしていた時だ。その美しさと珍しさが強く印象に残っていた。
「お母様のご実家、札幌市西区ですよね?」
「そう、生まれたのは西区だって言ってた。」
「さらにその前、おじい様やひいおじい様は伊達市じゃないですか?」
「伊達市…それも聞いたことある!」
遊馬野という苗字から、宮城から北海道伊達市、札幌西区へと続く歴史が浮かび上がる。
「おそらくご先祖様は亘理藩の武士だったと思います。」
-亘理藩士が紡いだ開拓の軌跡-
江戸時代、亘理藩は明治期に北海道伊達市の開拓に動員され、その一部は屯田兵として札幌市西区琴似に移住した。
「戸籍をたどれば、伊達市や宮城からの移動記録がわかりますよ。」
「すごい!苗字とか住んでた場所だけでこんなにわかるなんて!」
静香さんの声が少し弾む。
「歴史と組み合わせると、意外といろいろ見えてくるんです。」
例えば、岩見沢市には鳥取や山口の士族が、余市の果樹園は会津藩士が始めたものだという。
「ご先祖様が住んでいた土地の歴史を調べるのも、家系調査の醍醐味かもしれませんね。」
「もっと歴史の授業を真剣に聞いとけばよかったな。」
静香さんは照れ笑いを浮かべた。その目には家系調査の楽しさがにじんでいた。
-『私の家系図物語(ヒストリエ)』-
「じゃあ、戸籍の取り方を簡単にご説明しますね。」
役所で戸籍を取得し、父母、祖父母と順に遡る方法を伝えると、静香さんはメモを取りながら熱心に耳を傾けていた。
「そして、この本を差し上げますね。」
僕の著書だ。ストーリー仕立ての家系調査ノウハウ書で、札幌市清田区の女子高生が清田区役所から戸籍を取り始め、最終的には先祖のお墓にたどり着く物語を描いたものだ。
まるで静香さんの今を描いたような内容だ。
「わあ、嬉しい!ありがとう。」
静香さんの驚きと嬉しさが混ざった声に、少し照れくさくなる。
「読んでみてください。主人公の指導役、筧探(かけいさぐる)先生のモデルは、僕の家系図の先生なんです。」
この物語の主人公、葛西美々(かさいみみ)とその妹は、密かに娘たちの成長した姿を想像して描いたキャラクターだ(これを伝えるのは恥ずかしいので胸の内にしまっておく)。
静香さんがページをめくりながら尋ねる。
「私の場合も、この美々ちゃんと同じように清田区役所に行けばいいの?」
「はい。まずは清田区役所ですね。そこから始めましょう。」
「なんか難しそうだけど、頑張ってみるね!」
その意欲的な表情に、家系調査への期待が溢れていた。
静香さんは、小さな冒険に出るように清田区役所へと意気揚々と向かっていった。
-「父さん」と「母さん」の物語-
「母さん。ちょっと篁先生のところ行って来る」
「うん。気をつけてね、父さん。その金属のなんか見せてくるんでしょ」
子供が生まれてから、タマは僕のことを「父さん」と呼ぶようになった。僕もタマのことを「母さん」と呼ぶようになった。こうして人は親になっていくのかなぁ。
-50歳にして大学院生の雰囲気をまとう男-
篁先生の家は札幌西区。清田区から車で30分ほど。
マンション11階のインターフォンを押すと、すぐにオートロックが開いた。
「どうぞー」
リビングに入ると、スヌーピーの小さなテーブルと松田聖子の懐かしい歌声。
炊き立てのご飯の匂いが漂い、少し空腹を感じる。
「廊下の段ボール、整理中ですか?」
「ああ、28年3カ月ぶりにな。渡辺君、カレー好きか?」
「はい!何カレーですか?」
「Jリーグカレーだ。物置から出てきたんだ」
「…お腹いっぱいですので」
静香さんから預かった金属片を出し、カレーを食べ終えた先生に事情を簡単に説明する。
-金属片と「こつぶオレンジ(250ml缶)」-
先生は手を洗い、慎重に金属片を受け取った。手のひらで軽く角度を変えながら観察し、しばらくして迷いなく本棚から古い書物を取り出す。
「これ、すごいぞ」
「えっ、どういうことですか?」
「たぶん、800年以上前のものだ」
思わぬ言葉に戸惑いながら尋ねる。
「そんなに古いとわかるんですか?」
先生は静かに答えた。
「古代の道具や発掘された金属品を見た経験からだ。それに、この質感が似ている。」
「そんな古いものが残ることってあるんですか?」
「珍しいよ。江戸時代のものですら失われることが多い。」
先生は金属片を眺めながら眉を寄せる。
「形は扇のように見えるな。いや…どこかで似たものを見た記憶がある気がするんだが…」
じっと見つめ続けた後、不意に顔を上げた。
「源さんのお父様。鵡川でお亡くなりになったと言っていたね。」
「えっ。はい。」唐突な質問に少し戸惑う。
「鵡川か…」
言葉を飲み込む先生。そこには何か言いかけたような余韻があった。
そして急に、トーンを変えて話題を切り替える。
「ところで、渡辺君、ポンジュースは好きか?」
「えっ?…まあ、はい」
「どこかの県みたく蛇口から出てくれたらいいのにな」
先生は冷蔵庫を開けて、「こつぶオレンジ(250ml缶)」を出してくれた。
販売終了したはずの缶ジュースだ。どうして先生の家にはこれがあるんだろう…。
先生の家の不可思議な在庫を飲みながら、何か言葉にできない不思議な空気を感じていた。
-「源さん」は義経の子孫?-
そうだ。まだ聞くことがあったんだ。
「源(みなもと)って苗字、特別な謂れがあるんですか?」
ノートを開きながら尋ねる。
「そうだな…。全国で千軒くらいだろうな。西日本に多くて、東北ではほとんど見ないけど、石川や新潟あたりには少し多いな。」
「源氏の直系とかですか?」由緒正しい印象がある。
「いや、たぶん義経や頼朝の直系ではないだろうね。」
「では地名由来ですか?どこかに源という地名があるとか?」
「それも違うと思う。考えられるのは二つ。先祖返りか、転化だ。」
先生はまるで講義をするように話し始めた。
-氏(うじ)から始まる苗字の物語-
「まず苗字の起源だが、苗字の前には**氏(うじ)というものがあった。」
篁先生の話が始まる。
「日本では特に源平藤橘(げんぺいとうきつ)**という四氏が有力で、そこから多くの苗字が派生した。そして日本人の苗字の8割以上が地名由来だ。」
先生の言葉をノートに書き写しながら、頭の中で整理していく。
「さて、『源』の場合だが、一つ目は先祖返り。これは、もともと源氏がルーツにあって、明治になって改めて名乗ったケースだな。」
「なるほど。」
先生は視線を少し遠くにやりながら続けた。
「もう一つが転化だ。同じ読みで字が変わる現象だ。たとえば、『葦田(よしだ)』が『吉田』になったように、『皆本(みなもと)』が『源』に変わった可能性も考えられる。」
「つくづく苗字って奥深いですね。」
-苗字、それはロマン-
「そう。苗字の世界は奥が深い。想像もつかない由来のものも多いし、断言はできないけどな。」
「先生でも把握していない苗字ってあります?」考えられないなぁ。
「ある。」先生は即答した。
「苗字ってのは、少なく見積もっても10万、多ければ30万はあるんだ。」
10万……。
「10万として、一日一つ研究しても273年と11か月25日かかる。無理だろ?」
「確かに。」改めてその途方もなさに気づく。
「だからロマンだろ?」
-誰もが誰かの子孫-
先生は急に思い出したように言った。
「そうだ、渡辺君。『三平君』買っといたぞ。」
奥の部屋に消え、すぐに戻ってくると『釣りキチ三平』を手にしていた。
僕がいつか好きだと言った漫画を、先生は覚えていてくれたんだ。
表紙を眺めていると、自然と笑顔がこぼれる。
世の中にはいろんな人がいるけれど、誰もが誰かの子孫だ。そう考えると、人のつながりって本当に不思議だ。
そろそろ帰ろう。タマとフミチヨを思い浮かべて、焼き芋を買って帰ろうと思った。