【小説版】「1000年たどる家系図の物語(仮)」-目次‐
序章 源静香と1000年の家系図
【第一部】
第一章 1000年の物語を紡ぐ旅←このページはコチラになります。
第二章 家系図はじめました
【第二部】
第三章 200年前 戸籍が紡ぐ軌跡
第四章 400年前 藩政資料が紡ぐ武士の人生
第五章 1000年前 -人皇第五十代帝桓武天皇四十世ノ子孫源静香-
【第三部】
第六章 また家系図はじめました
第七章 人はなぜ家系図を作るのだろう?
第八章 霧の渋民
第九章 雨の渋民
第十章 飴の渋民~泣いた赤鬼~
第十一章 虹の渋民
第十二章 伊予守源義経~夢とロマンと…
-終章- 優しくなりたい
——————————–
第一章 1000年の物語を紡ぐ旅
-家系図のタイムライン-
ホワイトボードの前に立つ。
「どこまで先祖をさかのぼれるのか、お話しします。」
「はい!」
静香さんが笑顔でリュックからノートを取り出す。その一瞬、小さなジップロック袋が見えた。中には古びた金属片らしきものが入っている。興味を引かれるが、今は家系調査の説明が優先だ。
「現在から1000年前までを4つに区切ります。」
ホワイトボードにマーカーで線を引きながら話を続ける。
現在~江戸時代末期(150~200年前)
江戸時代(150~400年前)
戦国時代(400~550年前)
中世・古代(550~1000年前)
「年代ごとに調査方法が異なります。まずは江戸時代末期までの戸籍調査から見ていきましょう。」
-戸籍調査で江戸末期へ-
「現在取得可能なのは明治19年前後の戸籍です。」
この戸籍には江戸時代末期にうまれた先祖が記載されている。
「おじいちゃんまでしか知らないけど、もっとわかるの?」
「はい。おおよそ我々の4~6代前にあたります。」
「坂本龍馬とか西郷どんの時代なんだ!」
静香さんの瞳が興味でキラリと動く。
「明治19年式戸籍も保管期限が迫っています。いずれ取得できなくなります。」
「じゃあ、急がなきゃいけないってことなんだ。」
「はい。戸籍調査は自分でもできます。まずは戸籍を集めるところから始めてみましょう!」
「自分でもできるの?じゃあ、渡辺さん、失業しちゃわない?」
思わず苦笑。「そこが家系調査の難しさなんですよ。」手続きが複雑で挫折する人も多い。より深い調査には苗字や家紋、歴史の知識も必要だ。
「そっか。私でもできるのかな…」静香さんの笑顔には真剣さが混じっている。
「大丈夫です。難しさは、楽しさでもありますから。お手伝いしますよ。」
-江戸時代の庶民と菩提寺-
「ご先祖様が武士か、庶民だったかで調査方法が変わります。」
庶民の場合、まずは菩提寺や本家の過去帳。
「過去帳には、先祖の戒名や没年月日が記録されています。これが見つかれば、さらに5~10代先まで遡れる可能性があります。」
1664年の寺請制度以降、日本国民は菩提寺を持ち、戒名が過去帳に記録されるようになった。
「ウチのもどこかにあるのかな?」
「はい。ただ、菩提寺や本家が必ずしも過去帳を見せるとは限りません。火事や災害で失われている場合もあります。」
それでも、丁寧に手順を踏めば、五分五分程度の確率で発見できる。
「そっかぁ…。過去帳…。お寺探しか…そうだ!お墓は?お墓にも漢字で何か書いてあるよね。あれが戒名?」
「はい。お墓にも戒名や没年月日が刻まれています。」
「ご先祖様のお墓か…。見つけられるといいな。」
「そうですね。お墓を見つけることも、家系調査の大きな意義かもしれませんね。」
初めて先祖の墓に手を合わせたとき、涙が止まらなかったという話もよく聞く。
「探すの難しいのかな?」
「不確定要素は多いですが、手順を踏めば有効な情報が得られます。」
まずは戸籍で先祖の住んでいた地を特定することが必要。
「うん。じゃあ、まずは戸籍だね。」
「そうです。家系調査の基本は戸籍です。」
-もし先祖が武士だったら?-
「江戸時代に武士だった場合、藩士系図が手がかりになります。武士は藩に家系図を提出していて、現代の履歴書のようなものですね。」
藩士系図が残っているのは全体の3~4割程度。中級以上の家柄が中心だが、これが見つかれば一気に江戸時代初期(約400年前)まで遡ることができる。
「調査は、まず戸籍から先祖の住んでいた地を特定し、その地域が属していた藩を調べることから始めます。」
藩の記録は図書館に活字化されている場合もあれば、地元の神社や高校の資料室など意外な場所に残されていることもある。
「そんなところにも記録があるなんて!」静香さんはメモを取りながら、表情がぱっと明るくなる。
「武士の家系を追うと、ご先祖様の役割や歴史の中での位置が見えてきます。庶民の場合でも、お寺や土地の歴史をたどることで、ご先祖様の暮らしを想像する喜びがあります。それぞれに違った感動がありますよ。」
-名前に宿る身分のヒント-
「武士かどうか、戸籍からわかるの?」
静香さんがノートを構えながら問いかける。
「居住地とお名前から、確定できる時と推測になる場合があります。」
ホワイトボードに「武家地」「農村」「漁村」と書き足す。
「まず住んでいた場所を確認するのが出発点です。」
マーカーで武家地を丸で囲みながら続ける。
「それから、名前も手がかりになります。」
ホワイトボードに「中村主水(もんど)」「与作(よさく)」と書き込む。
「たとえば、『主水』のような名前は武士っぽいですが、『与作』のような名前は庶民的です。ただし、武士には実名(じつめい)と通称(つうしょう)がありました。」
-織田三郎信長、西郷吉之介隆盛-
「実名と通称?」
静香さんが眉を上げて聞き返す。
「たとえば、織田信長の通称は三郎、実名は信長。西郷隆盛の通称は吉之介、実名が隆盛。武士の場合、この実名が戸籍や記録に残っていると確定しやすいんです。」
静香さんが目を丸くする。
「信長が三郎さんなんて!なんだか普通っぽくて親近感湧くね。」
その反応に軽く笑いながら答える。
「そうですよね。当時の名前には、その人が生きていた時代や暮らしぶりが映し出されています。」
静香さんは感心した表情でノートを取りながら頷く。
「調べていくと、時代背景や意外な繋がりに気づくことがあって、新しい発見があるたびに面白くなってきますよ。」
-古代から現代へ、逆向きの家系調査-
「江戸時代の次は戦国時代ですが、ここは一旦飛ばしますね。」
「飛ばすの?」
静香さんが首をかしげる。
「はい。これまでは現代からさかのぼる形でしたが、ここからは逆に、古い時代から現代に向かって調べていく方法を取るんです。」
「えっ、逆から?なんか面白そう!」
静香さんが目を輝かせ、ペンを持ち直して前のめりになる。
「まずは中世・古代の方からお話ししますね。」
「うん、お願いします!」
静香さんが話を聞く体勢を整えたその表情は、期待と興奮で満ちていた。
-1000年前に繋がる軌跡-
「1000年以上前になると、既存の系図を参考にします。平安時代(およそ800~1200年前)に作られた『新選姓氏録』や、南北朝時代(およそ650~700年前)の『尊卑分脈』などが代表例です。」
静香さんは驚きながら、真剣にメモを取っている。
「多くの場合、私たちの先祖は源平藤橘(げんぺいとうきつ)のいずれかにたどり着きます。」
「源平藤橘って?」
「簡単に言えば、天皇家や有力な貴族の家系です。源氏や平家は天皇の子孫、藤原氏は藤原鎌足、橘氏は敏達天皇に繋がります。」
「40代も遡れるなんてすごい!」
その壮大な歴史に、静香さんの目が期待に満ちる。
「でも、そんな昔に繋がるの?」
-1000年前に繋がる奇跡-
「人口の流れが重要なんです。1000年前の日本の人口は約300万人程度でした。」
ホワイトボードに「300万人」と書き、その周りを丸で囲む。
「300万人…今の北海道の500万人より少ないんだね。」
「はい。そして500年前の戦国時代では1200万人、200年前の江戸末期でようやく3000万人に増えています。」
丸で囲った「300万人」を頂点にし、裾が広がるように三角形を描く。
「そして今は1億2000万人。私たちの先祖は、必ずかつてのこの300万人に繋がるんです。」
静香さんは筆を走らせながら、納得したように頷いた。
「そんな風に考えると、すごいね。繋がらない方がおかしいってことか。」
「その通りです!ロマンですよね。」
「なんか不思議。自分がそういう流れの一部だって感じると…ちょっと大きな視点で物事が見られそう。」
静香さんの言葉を聞きながら、家系図を辿ることの意義を改めて感じた。歴史を知ることで、私たちは自分自身の位置や意味を再確認することができる。
-苗字と家紋が繋ぐ先祖の物語-
中世や古代の家系調査は、歴史と自分が繋がる瞬間を探す旅だ。
「例えば、東北に多い菊池さんのルーツは熊本なんです。」
「えっ、東北なのに熊本?」
「そうなんです。熊本発祥の菊池家が朝廷の命令で東北に派遣され、そこで広がったんですよ。」
「じゃあ、東北の菊池さん全員が熊本と繋がるの?」
静香さんが興味津々で聞き返す。
「全員ではありません。地元発祥の菊池さんもいます。ただ、その村の歴史を辿ればどちらに属するかが見えてきます。」
「他の苗字もそんな感じなの?」
「そうですね。『渡辺』も1000年前の武将、渡辺綱に由来する家系が多いです。ただ、苗字の8割は地名由来なので、地域と家紋が重要な手がかりになります。」
「地域と家紋?」
「たとえば田中さん。源氏や藤原氏がルーツの家もあります。もし家紋に『下り藤』のような藤原氏由来のものがあれば、それが繋がりの根拠になります。」
静香さんは思わず感嘆の声を上げた。
「そんなところまでわかるんだ。、すごいね!」
-戦乱の空白、途切れた物語-
「先に飛ばしてた戦国時代の話に戻ります。」
戦国時代は記録が少なく、調査が難しい。
「戦乱が続いていて、記録を残す余裕がなかったんです。」
焼失したり、散逸した系譜も多い。
さらに、人々は好きな地に移り住み、定住しないため記録も散逸した。
「そうなんだ…。」
静香さんは熱心にメモを取りながら、眉をひそめて深くうなずく。
-空白に挑み紡ぐ先祖の物語-
「それだと、全然調べられないの?」
静香さんが少し残念そうに聞く。
「確かに難しいですが、家紋や土地の歴史を手がかりに、さらに上の時代に繋げる方法があります。」
空白を埋めるために想像力を働かせ、周辺の知識を積み上げる過程は調査の醍醐味でもある。
「その過程でご先祖様の暮らしや、当時の歴史背景も分かってくるんですよ。結構楽しい作業です。」
静香さんは手元の金属片をいじりながら、「歴史って苦手だったけど、そうやって聞くと面白いね。」と微笑む。
「そうなんですよ。例えつながってなくとも、豊臣秀吉に攻められて先祖の村が移転したとか。そんな話が分かれば一気に身近に感じられますよ。」
そのとき、タマがフミとチヨを連れて、お菓子を載せたトレーを運んできた。調査の合間に甘い休憩時間が始まる。