【小説版】「1000年たどる家系図の物語(仮)」-目次‐
序章 源静香と1000年の家系図
【第一部】
第一章 1000年の物語を紡ぐ旅
第二章 家系図はじめました
【第二部】
第三章 200年前 戸籍が紡ぐ軌跡
第四章 400年前 藩政資料が紡ぐ武士の人生←このページはコチラになります。
第五章 1000年前 -人皇第五十代帝桓武天皇四十世ノ子孫源静香-
【第三部】
第六章 また家系図はじめました
第七章 人はなぜ家系図を作るのだろう?
第八章 霧の渋民
第九章 雨の渋民
第十章 飴の渋民~泣いた赤鬼~
第十一章 虹の渋民
第十二章 伊予守源義経~夢とロマンと…
-終章- 優しくなりたい
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第四章 400年前 藩政資料が紡ぐ武士の人生
-鷹の母娘-
「行けばなんとかなるかなって」
突然、『亘理藩士 家系図』を直接見たい衝動に駆られた静香さん。最小限の荷物で千歳空港から仙台空港行きのキャンセル待ち便に飛び乗った
「お母さんに怒られませんでした?」
「いや、全然!で、次の日の朝、『仙台空港なう』って連絡が来た(笑)」
仙台でお母さんと合流し、宮城県文書館を訪れた。調査後には本籍地の散策や仙台城、さらに牛タンも堪能したらしい。
「行ってよかった!楽しかったし、すごく充実した!」
つい先ほど札幌に戻ったばかりだというのに、その声には疲れの色が微塵も感じられない。
-漢文調の男-
複写してきた『亘理藩士 家系図』を広げると、そこには崩し字がびっしりと並んでいた。
「昔の人って、なんでこんなに崩して字を書くの?」
「墨が貴重だったから、節約のために崩して書いたそうですよ。」
「そうなんだ。生活の知恵って感じだね!でも、これ読めるの?」
「僕には難しいので、篁先生に頼んでみますね。」
スマホで家系図の写真を撮り、篁先生に送信すると、1分もしないうちに返信が届いた。
『興味深イ系図ダネ。亘理藩ノ提出系図ダネ。源サンノオ母様ノカナ?』
古文書に引っ張られた漢文調の返信だが、解読は正確だった。『亘理藩 分限帳』の情報と合わせ、遊馬野家の歴史を整理していく。
—
『亘理藩士 家系図』より
遊馬野 直時(武之輔)
家紋ハ三浦三ツ引キ
松平陸奥守家来
遊馬野家ノ庶腹也
家禄13石
鷹匠
↓
遊馬野 直明
↓
遊馬野 直行
↓
遊馬野 直定
↓
遊馬野 直為
↓
遊馬野 直常
↓
遊馬野 直幸
↓
遊馬野 直長(清人)
鷹匠
家禄13石
文政5年(1822年)没
『亘理藩士 分限帳』より
遊馬野 直房(長十郎)※源静香の6代前
家紋:三浦三ツ引キ
家禄13石
鷹匠
文政7年(1824年)生
↓
遊馬野 直喜(市太郎)※源静香の5代前
—
-家紋・石高・役職が紡ぐ物語-
一番古い直時氏の注釈に「松平陸奥守家来」「遊馬野家ノ庶腹也」とあったが、この部分は後で篁先生に詳しく教えていただこう。今注目すべきは、家紋や石高、役職など、家系をつなぐ確実な要素だ。
「この家系図と源さんの家系は、間違いなく繋がっていますね。」
家紋の「三浦三ツ引キ」が一致し、役職の鷹匠や家禄13石もすべて符合している。
「偶然とは考えにくいです。家紋に加えて、石高や役職の世襲性が、遊馬野家の家系の繋がりを裏付けています。」と説明した。
「すごい!約400年前の直時さんから続いているなんて、本当に感動するね。」静香さんはページをじっと見つめながらつぶやいた。
「それに、代々『直』の字を受け継いでいる点も特徴ですね。」
「それって何か意味があるの?」静香さんがさらに興味を示す。
「はい。一文字を代々受け継ぐ通し字は、武士や名門の家に多い特徴の一つです。」
「そうなんだ…ご先祖様、本当にすごい!」
静香さんの目が家系図に釘付けになった姿を見て、改めて家系調査の価値を実感した。
-空白の一代-
「でもさ、ここ。直長さんと直房さんの間に空白があるよね?」
「はい。直長氏が1822年に亡くなり、『直房』氏が1824年に生まれています。この間に一代誰かがいるはずです。」
「文書館の職員さんも、この間の記録はないと言ってた。これ以上調べるのは難しいのかな?」
静香さんが少し眉を寄せながらつぶやいた。
「源さん、旅から帰ってきて疲れていないですか?」
「ううん。元気。なんで?」
「実は、今まで黙っていて申し訳なかったのですが、まだ調べられる場所があるんです。」
-ガラケーで長文を打つ男-
”札幌市西区山の手図書館”
この小さな図書館には、琴似へ移住後の亘理藩士の記録が残っている。
駐車場に車を停めたところで、篁先生から着信が入った。
『家紋ノ三浦三ツ引キハ桓武平氏三浦氏族ノ特徴的ナ家紋ダナ。ソモソモ桓武平氏三浦氏族トハダナ…』
篁先生も調査を進めてくださっているようだ。ただ、かなりの長文のようなので、後ほどじっくり確認することにした。
それにしても、篁先生はどうやってガラケーでこんな長文を打っているんだろう?その情熱と技術には毎回驚かされる。
-郷土資料から見える屯田兵の物語-
図書館の受付で『伊達亘理家臣系譜』を依頼すると、書庫から取り寄せるため30分ほどかかると言われた。
「待ち時間で『琴似町史』を見てみましょう。遊馬野家は宮城から伊達市を経て琴似に移住していますから、記録が残っているかもしれません。」
「うん、見てみる!」静香さんはすぐに郷土資料コーナーに向かい、興味深そうにページをめくり始めた。
分厚い『琴似町史』には、屯田兵たちの暮らしや開拓の様子が詳しく記されており、当時の写真も数多く掲載されていた。
「この集合写真、ご先祖さまも写ってたりして!」静香さんは時折声を弾ませながら、興味深そうにページをめくり続けた。
さらに「琴似屯田兵村」の章を見つけた。
“明治8年(1875年)、北海道開墾と防衛のため、屯田兵制度を発足… 琴似に設置された最初の兵村には、東北旧藩士208戸が募集された…”
-准陸軍少尉 遊馬野直喜-
そして、入植者名簿にたどり着く。
「これだ!百十六番、亘理藩、遊馬野直喜!」静香さんが指差しながら声を上げる。
その隣には小さな白黒写真が添えられていた。正装した真剣な表情の男性。
「…お母さんに似てる!」と静香さんが笑顔で言った。
記録には、直喜氏が明治28年に准陸軍少尉に昇進し、その後後備役となったことが記されていた。
「直接的な手がかりじゃないかもしれないけど、こうやって先祖の足跡が見つかると嬉しいものですよね。」
静香さんの喜ぶ姿を見て、自然と僕も笑顔になった。該当箇所をコピーし終えたところで、受付から『伊達亘理家臣系譜』が準備できたと連絡が入った。次の手がかりに期待が膨らむ。
-遊馬野家、400年の軌跡-
『伊達亘理家臣系譜』はA4サイズで約170ページ。重厚な古書というよりは、無線綴じにラミネート加工された、少し豪華な自費出版の冊子のような印象だ。
冒頭には「伊達亘理家臣系譜の出版を祝して」という文言があり、目次から迷うことなく遊馬野家系図にたどり着く。
遊馬野家系図 ※『伊達亘理家臣系譜』より
遊馬野 直時 武之輔
遊馬野 直明
遊馬野 直行
遊馬野 直定
遊馬野 直為
遊馬野 直常
遊馬野 直幸
遊馬野 直長 清人
遊馬野 直重 菊之進
遊馬野 直房 長十郎 ※源静香の6代前
遊馬野 直喜 市太郎 ※源静香の5代前
「遊馬野直重、菊之進…これだ!」静香さんが声を弾ませて指さした。
代々受け継がれてきた「直」の通し字が続く中、空白だった一代の名前がはっきりと記されていた。
「間違いありませんね。これで直時さんから源さんまで、400年、一代も欠けることなく繋がりました。」私が確認すると、静香さんの目がさらに輝いた。
「すごい…。こうやって先祖の足跡が全部繋がるなんて、感動する。」ページを見つめる彼女の手が、そっと系譜をなでた。
-伊達亘理家臣系譜の出版を祝して-
少し考え込むような表情を浮かべた後、静香さんが口を開いた。
「でもなんで、宮城の記録でわからなかったことがここではわかるの?」
「作成年代の違いですね。」私は説明を続けた。
宮城の記録は飛び飛びの年代で作成されており、空白となる部分が多かった。
「一方で、この『伊達亘理家臣系譜』は、亘理藩士が北海道に移住した後、比較的近年に作られています。そのため過去の記録がきちんと整理されているんです。お伝えするタイミングを考えたのですが…」
静香さんは穏やかに首を振った。
「ううん、旅ができてよかったし、なんかみんな、私を待っててくれたみたいな気がする。」
そう言いながら、静香さんは感慨深げにページをそっとなでた。
この系譜は単なる記録ではない。彼女にとって家族の物語そのものだった。
ページの向こうにいる彼らが、彼女をじっと見守っているように感じられた。
その時、篁先生から着信が入る。
『遊馬野直時ハ人皇第五十代帝桓武天皇ノ二十五代下ノ子孫也』