『千年たどる家系図物語(ヒストリエ)』 第二章 家系図はじめました

【小説版】「千年たどる家系図物語(ヒストリエ)」-目次‐
序章 源静香と千年の家系図
【第一部】
第一章 千年の物語を紡ぐ旅
第二章 家系図はじめました←このページはコチラになります。
【第二部】
第三章 200年前 戸籍が紡ぐ軌跡
第四章 400年前 藩政資料が紡ぐ武士の人生
第五章 1000年前 -人皇第五十代帝桓武天皇四十世ノ子孫源静香-
【第三部】
第六章 また家系図はじめました
第七章 人はなぜ家系図を作るのか―篁公太郎の場合―
第八章 霧の渋民
第九章 雨の渋民
第十章 晴の渋民~泣いた赤鬼~
第十一章 虹の渋民~誰もが…神の子~
第十二章 伊予守源義経~失われた赤、還る刻~
第十三章 解合わせ
千年たどる家系図物語(ヒストリエ) 13.5章 貝合わせ
-終章- 優しくなりたい
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第二章 家系図はじめました

-タマと玉置浩二の遠い縁-

サッカーや猫の話題で盛り上がり、会話が楽しくなってきた。
「なんで奥さんのことタマって呼んでるの?」
「旧姓が玉置なんです。安全地帯の玉置浩二さんの遠~い親戚だって話があるんですよ。」
「えっ!すごいね!ほんとに?」

タマが苦笑しながら、軽く首を振った。
「どうかなあ。噂だけで、親族の間でも確かなことは誰も知らないのよ。」

「へえ、でもそういうのって、なんかいいですね。」静香さんが柔らかく笑う。

タマは肩をすくめながらも、どこか楽しげだった。
「親戚の集まりでは『もしかしたら…』って、みんなちょっと誇らしげに話すのよね(笑)。」

「ふふ、わかるかも。そういう話って、ちょっとワクワクするよね。」

タマも、静香さんと話すのがどこか楽しそうだった。

その時、チヨが静香さんの膝の上をじっと見つめていた。
静香さんの手の中にあるジップロック袋、その中の金属片に興味津々の様子だ。

-家宝?扇形の金属片-

「ああ、これ。えっとね、うーん、家宝…かな?」

静香さんが取り出したのは、扇形の錆びた金属片。横3センチ、縦2センチほどの小さな欠片だ。
長い年月を経たような質感で、何かの飾りか、それとも道具の一部か。

「何かわからないけど、お父さんが『自分にもよくわからないけど、代々伝わってるんだ』って言ってた。いつか僕にくれるって。」

「代々、大事に伝わってきたんですね。」

「んー、一応傷ついたり無くさないようにはしてたみたいなんだけど……。」

静香さんによれば、この金属片は父親が祖父から受け継いだものらしい。
ただ、祖父も正体をよく知らないまま、なんとなく受け継いできたという。

静香さんはそう言いながら、金属片をじっと見つめた。

「亡くなる少し前、お父さんがこれをじっと眺めてたことがあったの。」

「どうしたの?」と尋ねたら——

「うん、もうちょっとでわかりそうなんだ。ウチのルーツ……家系図が。わかったら教えるよ。」

どこか楽しそうに笑っていたらしい。

「お父さんが家系のことを気にするなんて珍しかった。でも、その時は深く考えなかったんだよね。」

静香さんの声が少し遠くなる。

「それで……ぼそっと『もしかしたら本当に…の子孫なのかもな……』って。」

何の子孫なのか、その続きを聞く前に、父親は事故で亡くなってしまった。

静香さんの指が、ジップロックの端をそっとなぞる。

「お父さんが最後に何を言おうとしたのか、今でもずっと気になってる。」

僕は何も言わずに、金属片を見つめた。
この小さな欠片に、何か大きな意味が隠されているのだろうか。

静香さんはふっと息をついて、小さく笑う。

「だからさ、これをちゃんと調べてみようと思ったの。お父さんが最後に何を考えていたのか、知りたいから。」

その瞳の奥には、強い決意が宿っていた。

「だから、今回ご相談に来てくださったんですね。」

-静香さん家族の物語-

「お父さんとお母さん、どんな方なんですか?」

静香さんは少し照れながら話し始めた。

「僕はお父さんとお母さんの二十歳の時の子なんだ。学生結婚。お父さんは医者、お母さんは看護婦。どっちも旭川の医大に通ってたの。」

「ご両親ともお若いのに、すごい決断力ですね。」

「でしょ? お母さん、僕を産んだ後に大学戻って資格取ったんだって。強い人だよね。」

静香さんの微笑みには、母親への深い尊敬がにじんでいた。
夫である道哉氏の突然の事故死から驚くほど早く立ち直り、葬儀の翌日には看護婦として職場復帰したという。

「本当に強い人ですね。」

-シシャモの町での不運な事故-

「父さん、鵡川で亡くなっちゃったんだよね。事故で。」

どう返事をすればいいのか、一瞬迷う。

「安全運転の人だったはずなんだけど。」

静香さんは、淡々とした口調でそう言ったが、その指先はジップロックの端を無意識にいじっていた。

静香さんは目を伏せたまま、ふっと息を吐き、「鵡川って、シシャモで有名だよね。」と笑顔を作った。
話題をそらそうとするその様子に、胸が…痛む。

「このパンフレットも、父さんが持ってたんだ」
静香さんが、リュックからパンフレットを取り出す。

……えっ。

「では、お父様は、うちにお問い合わせいただいていたんですね」

……覚えていない。

「申し訳ございません。すぐに記録が出てこないのですが、あとで確認してみます」

「うん……」
覚えていないの?という声は飲み込まれていたが、どこか残念そうな表情に見えた。

言葉が見つからず、ただその空気を、受け止めることしかできなかった。
でも……僕には、僕にできることをしよう。

金属片の謎か……。

「すごく古そうですね。ちょっとお借りしてもいいですか?」

「うん、お願い。」

静香さんはためらうことなく、ジップロックに入った金属片を僕に手渡した。

「お預かりします。大切に扱います。」

僕は慎重にそれを受け取り、ジップロック越しに金属片の表面を指でなぞる。
小さくて錆びついた欠片――でも、静香さんにとっては大切なものなんだろう。
僕に何かわかるわけじゃないけど、雑に扱う気にはなれなかった。

「実は僕、家系図の先生がいて、その人は歴史やいろんなことに詳しいんです。」

“篁(たかむら)公太郎先生とは5年前に出会った”。
家系図や歴史のことを一から教えてくれた恩師だ。(少し変わった人ではあるが)

「何かわかるかな?」
静香さんが期待を込めたように問いかける。

「ええ。きっとわかります。」

そう言って、僕は丁寧にジップロックをバッグの中へしまった。

静香さんはしばらく僕の様子を見ていたが、ふっと気持ちを切り替えるようにスマホを取り出し、画面をスクロールさせる。

「……それでさ。」
「?」

「渡辺さん、サッカーやってるんだよね。高校でもやってたの?」

一瞬驚いたが、軽く笑って答えた。
「すぐやめました。100本ダッシュとか、もう無理でした(笑)。」

「あはは! 高校サッカーは見てた? お正月の。」
「超見てましたよ。」

– BreakingDownⅡ-

全国高校サッカー選手権の名場面が映る。
『背後から来たボールを浮かせ、大きなキーパーを鮮やかにかわすプレー。まるで義経の八双飛び!』

「これ、お父さん?」


「うん、そう!すごいよね!」

旭川実業の10番、源道哉。

『うずくまるキーパーを慰める源君。何か声をかけているようだが…旭川実業、初出場で初のベスト4進出!!』

同年代のヒーロー。リアルタイムで見ていた試合だ。
相手チームの大きなキーパーとの対戦は当時、『源義経と弁慶の五条大橋』みたいだと話題になった。

「お父さんが言ってたよ、『あのキーパー、本当に弁慶の子孫なんだよ』って。冗談っぽかったけどね。」

「たしかに、高校生とは思えない圧倒的な存在感のキーパーでしたよね。」
そんなキーパーを俊敏さとテクニックで圧倒する小柄な源道哉さんは、Jリーグ入り確実といわれていたが…。

「お医者さんになってたんですか。」
「うん。何か特別な理由があったんだと思うけど、「いつかね」って教えてくれなかったんだよね。」静香さんがにっこり笑う。

お父さんの話、もっと聞きたいなと思いながら、そろそろ休憩を終えることにした。

-父方、謎深まる源の源流-

戸籍の取り方を説明する前に、苗字から少し推測してみよう。
「まずは今のお名前。父方は『源』…ですね。」

「源」という苗字の由来は何だろう?
源氏の「源(みなもと)」で、頼朝や義経と関係があるのだろうか。由緒ありそうだが、具体的なことはまだ分からない。

「ちょっと今はわかりません。勉強不足でして…。お恥ずかしい限りです。」
「そっか。なんか由緒ありそうだよね。社会の授業で源氏の話が出るたびに、からかわれてたよ。」
静香さんが少し笑う。その笑顔には、嫌な思い出もすぐに消化できる強さを感じた。

「たしかに源氏は栄えた一族ですが、子孫がどうなったのか…。次までに調べておきますね。」

篁先生に教わった「源平藤橘」から派生した苗字の話が頭をよぎる。しかし、歴史上の「源(げん)」と現代の「源(みなもと)」がどう繋がるのかは謎のままだ。

「ところで、お父様の家系って、どちらの出身なんでしょう?」
静香さんが少し首をかしげる。
「旭川生まれだけど、もともとは東北のどこかって言ってた。」

「なるほど、東北から移住されたんですね。」
その答えに少しうなずきながら考えを巡らせるが、東北の源姓についての知識はない。
「やっぱり戸籍をたどって、移動の経緯や居住地を確認するのが一番早そうですね!」

-母方、謎解ける遊馬野の夢路-

「ところで、お母様の旧姓は?」
「ちょっと変わってて、ユマノ」
ユマノ!?
ホワイトボードに「遊馬野」と書くと、静香さんが頷いた。
「うん、それ!」
かつて遊馬野という苗字を目にしたことがある。
「ご先祖様の出身は…仙台亘理藩、宮城ではないですか?」
「えっ、そう、先祖は仙台だって聞いてる。」
仙台藩支藩亘理藩士の勉強をしていた時だ。その美しさと珍しさが強く印象に残っていた。
「お母様のご実家、札幌市西区ですよね?」
「そう、生まれたのは西区だって言ってた。」
「さらにその前、おじい様やひいおじい様は伊達市じゃないですか?」
「伊達市…それも聞いたことある!」

遊馬野という苗字から、宮城から北海道伊達市、札幌西区へと続く歴史が浮かび上がる。
「おそらくご先祖様は亘理藩の武士だったと思います。」

-亘理藩士が紡いだ開拓の軌跡-

江戸時代、亘理藩は明治期に北海道伊達市の開拓に動員され、その一部は屯田兵として札幌市西区琴似に移住した。
「戸籍をたどれば、伊達市や宮城からの移動記録がわかりますよ。」

「すごい!苗字とか住んでた場所だけでこんなにわかるなんて!」
静香さんの声が少し弾む。
「歴史と組み合わせると、意外といろいろ見えてくるんです。」

例えば、岩見沢市には鳥取や山口の士族が、余市の果樹園は会津藩士が始めたものだという。
「ご先祖様が住んでいた土地の歴史を調べるのも、家系調査の醍醐味かもしれませんね。」

「もっと歴史の授業を真剣に聞いとけばよかったな。」
静香さんは照れ笑いを浮かべた。その目には家系調査の楽しさがにじんでいた。

-『私の家系図物語(ヒストリエ)』-

「じゃあ、戸籍の取り方を簡単にご説明しますね。」
役所で戸籍を取得し、父母、祖父母と順に遡る方法を伝えると、静香さんはメモを取りながら熱心に耳を傾けていた。

「そして、この本を差し上げますね。」


僕の著書だ。ストーリー仕立ての家系調査ノウハウ書で、札幌市清田区の女子高生が清田区役所から戸籍を取り始め、最終的には先祖のお墓にたどり着く物語を描いたものだ。
まるで静香さんの今を描いたような内容だ。

「わあ、嬉しい!ありがとう。」
静香さんの驚きと嬉しさが混ざった声に、少し照れくさくなる。
「読んでみてください。主人公の指導役、筧探(かけいさぐる)先生のモデルは、僕の家系図の先生なんです。」

この物語の主人公、葛西美々(かさいみみ)とその妹は、密かに娘たちの成長した姿を想像して描いたキャラクターだ(これを伝えるのは恥ずかしいので胸の内にしまっておく)。

静香さんがページをめくりながら尋ねる。
「僕の場合も、この美々ちゃんと同じように清田区役所に行けばいいの?」
「はい。まずは清田区役所ですね。そこから始めましょう。」

「なんか難しそうだけど、頑張ってみるね!」
その意欲的な表情に、家系調査への期待が溢れていた。

静香さんは、小さな冒険に出るように清田区役所へと意気揚々と向かっていった。

思い切って相談してよかった。
家系図を作る行政書士って、もっと堅苦しい人かと思ってたけど、渡辺さんは話しやすくて安心した。

タマさんも温かい雰囲気の人だったし、フミちゃんとチヨちゃんも無邪気でかわいかった。
猫ちゃんも♡

家宝(?)預かってもらえてよかった。

あの時のお父さん……。

『もしかしたら本当に…の子孫なのかもな……』

それと……

『ほら、近所に家系図屋さんの看板あるだろう。一緒に相談に行ってみないか?』

珍しく、少し興奮してたみたい。何かを伝えたそうだった。

でも——
さっきは言わなかったけど、あの時、僕は気が向かなくて、お父さんの話を聞き流してしまった。
いや…本当は、気を引きたい気持ちの裏返しで、わざと聞き流してしまった。

お父さん……お父さん……。

渡辺さん、お父さんの高校サッカー選手権、見てたんだ!
同い年なんだ。

父がまるでヒーローのように駆け抜けた、あの瞬間。

あの時の父、本当にかっこよかったな……。
もちろん僕の生まれる前だけど、リアルタイムで見たかったな。
……いや、ほんと、かっこよすぎでしょ。

……まぁ、それはいいや。

清田区役所で、まずは戸籍を取る。そこから始めよう。

手順は教えてもらったし、困ったら連絡していいって言ってくれたし、
本ももらったし、大丈夫。

今日、お母さん遅番だし、何か作っておこう。
今日の話、お母さんにも聞いてもらわなきゃ。

-「父さん」と「母さん」の物語-

「木下さん」
「はい」
事務所のスタッフさんに声をかける。
静香さんの父・道哉氏からの問い合わせ記録は――

「あっ!これですね。パソコンに送っておきますよ」
「ありがとう」

自分のデスクに戻り、道哉氏からの問い合わせメールを確認する。

近所に住む源道哉と申します。
御社のことは、看板とHP等で存じておりました。
最近、家系について興味が出てきています。
少し古い金属片のようなものが伝わっており……

ああ……。

メール、あるいはお電話で問い合わせをいただき、パンフレットを送る。
開業当初はすべての問い合わせに僕が対応していたが……

できましたら、御社へお持ちさせていただき、
お時間の許すときに、ご相談させていただくことは可能でしょうか。
もちろん、ご相談料など規定通りに……

ここ数年は、スタッフにひな形どおりの対応を任せていた。

道哉氏は「近所に住む」「できましたら、御社へお持ちさせていただき」

とおっしゃってくださっていたのに、
僕の名でスタッフが送った返答は……

お見せいただければ、お見積りまでは無料でできます。
お見積もりが必要になりましたら、お手持ちの資料をお送りください。
念のため、今回お送りさせていただくパンフレットに、返信用封筒を同封しておきます。

……こんな、心のこもらない、型どおりの回答だ。
せめて、今からでも――何か。

「母さん。ちょっと篁先生のところ行って来る」
「うん。気をつけてね、父さん。その金属のなんか見せてくるんでしょ」
子供が生まれてから、タマは僕のことを「父さん」と呼ぶようになった。僕もタマのことを「母さん」と呼ぶようになった。こうして人は親になっていくのかなぁ。

-50歳にして大学院生の雰囲気をまとう男-

篁先生の家は札幌西区。清田区から車で30分ほど。
マンション11階のインターフォンを押すと、すぐにオートロックが開いた。
「どうぞー」


リビングに入ると、スヌーピーの小さなテーブルと松田聖子の懐かしい歌声。
炊き立てのご飯の匂いが漂い、少し空腹を感じる。
「廊下の段ボール、整理中ですか?」
「ああ、28年3カ月ぶりにな。渡辺君、カレー好きか?」
「はい!何カレーですか?」
「Jリーグカレーだ。物置から出てきたんだ」
「…お腹いっぱいですので」

静香さんから預かった金属片を出し、カレーを食べ終えた先生に事情を簡単に説明する。

-金属片と「こつぶオレンジ(250ml缶)」-

先生は手を洗い、慎重に金属片を受け取った。親指の腹でそっと表面をなぞり、光の加減を確かめるように角度を変える。

しばらくの沈黙。

目を細め、指先で慎重に感触を確かめると、不意に静かに息を飲んだ。

「……これ、すごいぞ。」

その声の低さに、思わず背筋が伸びる。

「えっ、どういうことですか?」

「たぶん、1000年近く前のものだ。」

思わぬ言葉に戸惑いながら尋ねる。
「そんなに古いとわかるんですか?」
先生は静かに答えた。
「古代の道具や発掘された金属品を見た経験からだ。それに、この質感が似ている。」
「そんな古いものが残ることってあるんですか?」
「珍しいよ。江戸時代のものですら失われることが多い。」

先生は金属片を眺めながら眉を寄せる。
「形は扇のように見えるな。いや…どこかで似たものを見た記憶がある気がするんだが…」

じっと見つめ続けた後、不意に顔を上げた。
「源さんのお父様。鵡川でお亡くなりになったと言っていたね。」
「えっ。はい。」唐突な質問に少し戸惑う。
「鵡川か…」
言葉を飲み込む先生。そこには何か言いかけたような余韻があった。

「ちょっと預からせてもらっていいか」
「はい。大丈夫と思います。源さんにも伝えておきますね」
「大切に預からせていただくよ」
そして急に、トーンを変えて話題を切り替える。
「ところで、渡辺君、ポンジュースは好きか?」
「えっ?…まあ、はい」
「どこかの県みたく蛇口から出てくれたらいいのにな」

先生は冷蔵庫を開けて、「こつぶオレンジ(250ml缶)」を出してくれた。
販売終了したはずの缶ジュースだ。どうして先生の家にはこれがあるんだろう…。
先生の家の不可思議な在庫を飲みながら、何か言葉にできない不思議な空気を感じていた。

-「源さん」は義経の子孫?-

そうだ。まだ聞くことがあったんだ。
「源(みなもと)って苗字、特別な謂れがあるんですか?」
ノートを開きながら尋ねる。
「そうだな…。全国で千軒くらいだろうな。西日本に多くて、東北ではほとんど見ないけど、石川や新潟あたりには少し多いな。」

「源氏の直系とかですか?」由緒正しい印象がある。
「いや、たぶん義経や頼朝の直系ではないだろうね。」

「では地名由来ですか?どこかに源という地名があるとか?」
「それも違うと思う。考えられるのは二つ。先祖返りか、転化だ。」
先生は「ちょっと復習になるが」と、まるで講義をするように話し始めた。

-氏(うじ)から始まる苗字の物語-

「まず苗字の起源だが、苗字の前には氏(うじ)というものがあった。」
篁先生の話が始まる。
「日本では特に源平藤橘(げんぺいとうきつ)という四氏が有力で、そこから多くの苗字が派生した。そして日本人の苗字の8割以上が地名由来だ。」

先生の言葉をノートに書き写しながら、頭の中で整理していく。

「さて、『源』の場合だが、一つ目は先祖返り。これは、もともと源氏がルーツにあって、明治になって改めて名乗ったケースだな。」
「なるほど。」

先生は視線を少し遠くにやりながら続けた。
「もう一つが転化だ。同じ読みで字が変わる現象だ。たとえば、『葦田(よしだ)』が『吉田』になったように、『皆本(みなもと)』が『源』に変わった可能性も考えられる。」

「つくづく苗字って奥深いですね。」

-苗字、それはロマン-

「そう。苗字の世界は奥が深い。想像もつかない由来のものも多いし、断言はできないけどな。」
「先生でも把握していない苗字ってあります?」考えられないなぁ。
「ある。」先生は即答した。
「苗字ってのは、少なく見積もっても10万、多ければ30万はあるんだ。」
10万……。
「10万として、一日一つ研究しても273年と11か月25日かかる。無理だろ?」
「確かに。」改めてその途方もなさに気づく。
「だからロマンだろ?」

-誰もが誰かの子孫-

先生は急に思い出したように言った。
「そうだ、渡辺君。『三平君』買っといたぞ。」

奥の部屋に消え、すぐに戻ってくると『釣りキチ三平』を手にしていた。
僕がいつか好きだと言った漫画を、先生は覚えていてくれたんだ。
表紙を眺めていると、自然と笑顔がこぼれる。

世の中にはいろんな人がいるけれど、誰もが誰かの子孫だ。そう考えると、人のつながりって本当に不思議だ。

そろそろ帰ろう。タマとフミチヨを思い浮かべて、焼き芋を買って帰ろうと思った。

この扇状の金属片……。
この質感、この形状――知っている。見たことがあるはずだ。
どこで? いつ?

源君のお父様は、鵡川で亡くなった。
なぜ私は急にポンジュースが飲みたくなったんだ?
……何かが、つながりそうだ。

私は、すでに何かを知っているはずだ。

それにしても、なぜ源君の家に?
これほど古いものが、どうして今も残っている?
……そこには、きっと理由がある。

人の歴史は果てしない。
それぞれの家に物語があり、そのすべてを知ることはできない。
だが、こうして一つひとつを紐解いていくことには、大きな価値がある。

この小さな欠片が、千年の時を超えて何を伝えようとしているのか……。
これは、歴史の浪漫だな。

少し、頭を切り替えよう。
こんな夜は――。

確か、あのカセットテープが……あった。

🎵 時の流れに身をまかせ~ 🎵

やっぱり、テレサ・テンはいい。

!!!

思い出した!! この金属片は、あの八双……。

まさか――
本当に彼らは、あの伝説の子孫なのか?