人が家系図に興味を持つきっかけは6つあります。
家系図に興味を持つきっかけの二つ目が、 「先祖は何をしていたのだろう?」 という関心です。
先祖は武士だったのか、 農家だったのか、 あるいは町人だったのか。
江戸時代には士農工商という 身分制度があり、 自分の家の先祖が どのような立場で暮らしていたのかを 知りたいと思う方は 少なくありません。
このテーマについては 動画でも解説しています。
ただし、先祖の身分や職業は、 単純に苗字や言い伝えだけで 分かるものではありません。
戸籍や地名辞典、 郷土資料、土地の記録などを 丁寧に照らし合わせながら 見ていく必要があります。
ここでは、 江戸時代の士農工商の考え方と、 先祖が武士だったのか農家だったのかを どのように調べていくのかを、 実例を交えながらご紹介します。
家系図のきっかけ②
江戸時代の身分制度「士農工商」とは
江戸時代には、一般に「士農工商」と呼ばれる身分制度がありました。
武士、農民、町人など、それぞれが異なる役割を持って暮らしていた時代です。現在では単純に割り切れない部分も多く、実際にはもっと複雑な社会でしたが、家系図調査ではまずこの大まかな枠組みを知っておくことが役に立ちます。
先祖が武士だったのか、農家だったのか、あるいは町人だったのかに興味を持つ方は多いのですが、最初に大切なのは、伝承やイメージではなく、まず戸籍を確認することです。
私の母方の祖先は葛西という苗字でした。そこで、葛西家の一番古い戸籍を確認してみます。

戸籍には、単に名前が載っているだけではなく、その人の時代や家族関係、暮らしていた地域など、後の調査につながるさまざまな情報が含まれています。
武士・農民・町人の違い
先祖が武士かどうかを見るとき、まず注目されるのが名前です。
武士だった場合、通称と実名の二つを持っていることがあります。たとえば西郷隆盛でいえば、「吉之助」が通称、「隆盛」が実名です。
戸籍にこうした実名らしい名前が出てくると、武士の可能性を考える材料になります。
ただし、名前だけで武士と断定することはできません。武士以外でも、特殊な家系や地域の事情によって似たような名前の使い方をする場合があります。
つまり、名前はあくまで手がかりの一つであって、それだけで100%確定することは難しいのです。
そこで次に重要になるのが、先祖が住んでいた場所です。
私の先祖は青森県の飯田村に住んでいたことが分かりました。では、その飯田村とはどのような場所だったのでしょうか。
こういうときに役立つのが地名辞典です。角川書店や平凡社などから出版されている地名辞典を使うと、その村がどのような土地だったかを知ることができます。

飯田村を調べると、田畑地であることや、物産として米や大豆が挙げられていることが分かりました。さらに詳しく調べると、高杉という人物が郷侍としていたことも分かります。
郷侍とは、武士の身分を持ちながら、普段は農家のような暮らしをしていた人たちです。この村では高杉家以外に郷侍が確認できなかったため、高杉家以外はおそらく農家だった可能性が高いと推測されます。
このように、武士・農民・町人の違いは、戸籍の名前だけでなく、その人がどんな土地に住んでいたかを見ることで、かなり具体的に見えてきます。
先祖の職業はどうやって調べるのか
先祖の職業や身分を調べるとき、もう一つ重要なのが苗字の分布です。
たとえば葛西という苗字が、現在どれくらいどこに住んでいるのかを見ていきます。電話帳データなどを使って調べると、葛西姓は青森県に多く、特定の地域に集中していることが分かります。

さらに細かく見ると、青森県北津軽郡板柳町の飯田には現在でも30軒以上の葛西家が住んでいました。

これはかなり多い数です。こうした苗字の分布から、葛西家は江戸時代からこの地域に根付いてきた地元の古い農家であり、分家を繰り返しながら数を増やしてきた可能性が高いと考えられます。
また、地名辞典を見ると、明治初年の飯田村の戸数は71戸で、平均的な農村規模だったことが分かります。現在の葛西姓の分布も踏まえると、この地域で古くから続いてきた家だった可能性があります。
さらに詳しく調べるには、地名辞典のもとになっている郷土史を読むことが重要です。たとえば『板柳町誌』のような地域史を見れば、その村の歴史や有力者、土地の状況などがさらに詳しく分かることがあります。

また、明治期の土地の記録である旧土地台帳も非常に有効です。
この旧土地台帳には、戸籍に載っている先祖の名前が記されており、その先祖が明治時代に土地を所有していたことが分かりました。これもまた、古くから地域に根付いた農家であった可能性を高める材料になります。

さらに確実な方法として、現在その地域に住んでいる同じ苗字の方に手紙で問い合わせる方法もあります。
突然の訪問や電話は避けた方が良いですが、事情を書いた手紙を出し、家紋や墓所、言い伝えなどの情報を尋ねると、思いがけない手がかりが得られることがあります。実際、私もこの方法で先祖のお墓や家紋、先祖について知っている方にたどり着いたことがあります。

家系図調査で分かる先祖の暮らし
一方で、武士である可能性がある家の調査では、別の見方も必要になります。
私の父方は渡辺という苗字です。渡辺家の戸籍をさかのぼると、江戸末期に渡辺荘兵衛や荘太という名前が出てきました。

住んでいた場所は北海道の茂辺地で、農家や漁師が多い地域でした。そのため、この時点では武士らしい印象はあまりありませんでした。
ところが戸籍をさらによく読むと、斉藤利成という人物の名前が出てきました。

この人物は私の直系祖先ではなく、先祖の兄の嫁ぎ先の家族でしたが、「利成」という実名は武士らしい印象を与えます。そこで、その人が住んでいた御指南町について調べてみました。
御指南町は現在の秋田県能代市にあたり、かつて足軽が住んでいた場所でした。

さらに黒石藩士の記録を調べると、斉藤姓の藩士は見つかりましたが、斉藤利成その人は確認できませんでした。

ただし、斉藤庄太郎という藩士はおり、それが利成の通称だった可能性もあります。このように、戸籍には実名、藩の記録には通称で残っていることもあるため、武士の確定は難しい場合があります。
それでも、住んでいた場所や周辺の歴史、藩の記録を組み合わせていくことで、武士であった可能性をかなり高いところまで絞ることはできます。
また、郷土資料には、ご先祖の名前が意外な形で出てくることがあります。
たとえば妻の実家である玉置家の家系では、先祖の又平という人物が和歌山の郷土資料に副戸長として載っていました。

このように、郷土資料を見ていくと、先祖がどのような仕事をしていたのか、地域の中でどのような立場だったのかが見えてくることがあります。
こうした調査を重ねていくことで、江戸時代の先祖が何をしていたのか、どのような暮らしをしていたのかを少しずつ知ることができます。
もちろん、武士だったか農家だったかということ自体に優劣があるわけではありません。
大切なのは、自分の先祖がどのような土地で、どのような立場で、どのように生きてきたのかを知ることです。
また、江戸時代には農家だったとしても、さらに戦国時代までさかのぼれば武将につながる可能性があることもあります。逆に、武士の家系と聞いていたものが、実際には農家だったということもあります。
だからこそ、言い伝えやイメージだけで判断するのではなく、戸籍、地名辞典、郷土史、旧土地台帳、苗字分布などを丁寧に見ながら調べていくことが大切です。
先祖の身分や職業を知ることは、家系図調査の中でも特に興味深いテーマの一つです。
先祖の身分をさらに詳しく知るには
武士や農民などの身分は、 先祖の暮らしや役割を知る手がかりの一つです。
さらに家系図をたどることで、 当時の暮らしや家の歴史をより具体的に知ることができます。
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