– 1000年たどる家系図の物語② –
なぜ家系図は今しか作れないのか
「戸籍制度の歴史と現状」「戸籍以上の調査」
ここからは、家系図を作るうえで欠かせない「戸籍」そのものの話に入ります。
なぜ家系図は「今しか作れない」と言われるのでしょうか。戸籍制度の歴史、壬申戸籍、保存期限150年など、家系図調査の背景を解説します。先祖調査の重要なポイントを紹介します。
– なぜ家系図は今しか作れないのか① –
戸籍制度の歴史と現状
まずは講演動画をご覧ください。
この動画では、なぜ家系図が「今しか作れない」と言われるのか、
戸籍制度の歴史と家系図調査の現状について解説しています。
– 壬申戸籍という「原点」 –
実は今、私たちが取得できるもっとも古い戸籍。
それが、現在一般に取得できる「明治19年式戸籍」です。
けれども、そのさらに一段階前に、日本にはもう一つだけ古い戸籍が存在します。
現在の戸籍制度が始まったのは、江戸時代が終わって間もない明治5年(1872年)。
今からおよそ150年前のことです。
日本で初めて「全国民を一つの帳簿に記す」という仕組みができました。
これを「壬申戸籍(じんしんこせき)」といいます。
「壬申」というのは、その年の干支です。
明治5年が壬申の年だったことから、そのように呼ばれています。
この壬申戸籍は、今の戸籍の原点ともいえるものです。
ところが、この壬申戸籍は、現在一般には見ることができません。
1968年(昭和43年)、法務省の通達により、全国で一般閲覧が禁止されました。
法律が変わったわけではなく、行政判断によって閉ざされたのです。
理由は、身分や差別に関わる記載が残っている可能性があるためです。
各都道府県の法務局に厳重に保管されているといわれていますが、
おそらく今後も一般公開されることはないでしょう。
– 現在取得できる最古の戸籍 –
その後、明治19年に現在の戸籍制度が整いました。
これが、今私たちが取得できる最も古い「明治19年式戸籍」です。
– 戸籍には保存期限がある –
しかし、この戸籍にも保存期限があります。
戸籍法施行規則第5条第4項には、
「除籍簿の保存期間は当該年度の翌年から150年」
と定められています。
つまり、除籍された戸籍は150年後に廃棄されることになっているのです。
私たちが今手に入れられる最古の明治19年式戸籍は、
まさにおよそ150年前に作られた記録です。
そしてその戸籍は、今後、順次廃棄の時期を迎えていきます。
家系図の調査というのは、
言ってみれば、この消えゆく記録を拾い集める仕事でもあるのです。
– 個人情報保護と戸籍取得の変化 –
もうひとつ、見逃せない変化があります。
それは、個人情報保護法の解釈が年々厳しくなっていることです。
現在では、「家系図作成のため」という目的で戸籍を取得できること自体が、
ある意味、奇跡的な状況です。
本来なら、「相続のため」「身分証明のため」など、
より限定された正当な理由が求められてもおかしくありません。
– 戸籍謄本と戸籍抄本の違い –
また、戸籍には二つの種類があります。
一つは家族全員が記載された「戸籍謄本」。
もう一つは特定の個人だけを抜き出した「戸籍抄本」です。
抄本は個人の記録、謄本は家全体の記録といえます。
特に古い戸籍謄本には、かつての家制度が色濃く反映されています。
直系の先祖、つまり曽祖父や高祖父だけでなく、
その兄弟や従兄弟まで、同じ「家」のもとに記載されていることがあります。
今はまだ、当時の家族全員が載った戸籍謄本を取得できます。
しかし将来的には、直系先祖のみを抜き出した抄本しか取れなくなる。
そんな時代が来ても、おかしくはありません。
– 戸籍を入手できる時代のタイムリミット –
さらに言えば、この明治19年式戸籍には、当時の身分が記されています。
「士族」「平民」「農」「商」などの表記です。
現在は当該箇所が伏せられた形で交付されますが、
かつての壬申戸籍のように、今後さらに閲覧や発行の制限が強まる可能性もあります。
つまり、「戸籍を入手できる時代」そのものが、
終わりに近づいているのです。
– まとめ –
まとめると、理由は三つあります。
1. 壬申戸籍の閲覧禁止によって、最古の情報が閉ざされた。
2. 保存期限150年により、明治期の戸籍が消えていく。
3. 個人情報保護の流れの中で、戸籍取得が年々難しくなっている。
この三つの条件がすべて重なっているのが、今、この時代なんです。
だからこそ、家系図は「今」しか作れないのです。
私が講演やテレビなどでこのテーマをお話しすると、
「もっと早く知っていれば」とおっしゃる方が本当に多いんです。
でも、今ならまだ間に合うかもしれません。
150年、あるいは200年前のご先祖の記録が、まだ残っているかもしれない。
日本という国に、ここまで古い戸籍が残っている。
これは世界的に見ても稀有なことです。
私は、この戸籍を単なる行政書類ではなく、
日本の文化遺産だと思っています。
そして、この記録を未来へ引き継ぐこと。
それが私たちの世代に託された役割であり、
私が家系図屋として果たすべき使命だと思っています。
ご依頼いただこうが、ご自身で作られようが構いません。
私の仕事は、戸籍の価値と、そのタイムリミットを伝えることです。
– 家系図をたどる旅② –
戸籍以上の調査
次の章では、その戸籍よりさらに古い時代、
つまり戸籍という公的記録のない時代に入っていきます。
さて、ここまでで戸籍という公的記録の世界を見てきました。
戸籍で明治初期までたどれたら、ここからはその外側、
郷土資料、村の歴史、そして人の記憶を訪ねる旅になります。
私はこれを「戸籍以上の調査」と呼んでいます。
そこでは、古文書、墓石、菩提寺、そして人の語りが頼りになります。
誰もその正しさを証明してくれません。
けれども、だからこそ、ひとつひとつの状況証拠を積み上げていく。
そこにはロマンがあります。
その先に眠っているのは、
千年を超える、もうひとつの日本の歴史です。
– 武士の家系をたどる場合 –
まず、武士の家系をたどる場合です。
戸籍で判明した本籍地から、どの藩に所属していたのかをまず確定します。
そこから「藩士系図」や「分限帳」と呼ばれる藩政資料を探していきます。
武士というのは、今でいえば公務員のような存在でした。
私たちが履歴書を提出するように、武士たちは殿様に家系図を提出していたんです。
それが「藩士系図」です。
この藩士系図と戸籍がつながると、
一気に400年から1000年ほど遡れることもあります。
藩政資料は、各県の文書館に保管されていたり、
県史や郷土史の中に活字化されている場合もあります。
ただし、すべての武士が藩士系図を残しているわけではありません。
藩によって資料の残り方も違いますし、
大火や戦災によって江戸期や幕末の記録が散逸した地域もあります。
それでも、藩士系図まで残っていなくても、
明治維新の時点で士族だった家なら、
分限帳などの名簿に名前や役職、家禄の記録が残っていることがあります。
こうした藩政資料に記録が残る可能性があるのは、武士の家系ならではです。
一方で、武士の家系は、調べやすいとは言い切れない面もあります。
それは移動が多いことです。
庶民、特に江戸時代の日本の八割を占めていたといわれる一般の農家と比べると、
墓石や菩提寺を特定しにくい場合が少なくありません。
– 庶民の家系をたどる場合 –
一方で、庶民の家系をたどる場合は、まったく違うアプローチになります。
たとえば、戸籍で判明した地域に今も同じ苗字の方が住んでいれば、
手紙を出してみます。
「当家のことをご存じないでしょうか」
「家紋や菩提寺、お墓はどこですか」
そんなふうにおたずねするのです。
実際、私もやってみたことがあります。
青森県のある農村に、戸籍でたどった先祖の本籍がありました。
地名辞典を見ると典型的な農村地帯で、
電話帳には30数軒の同姓が並んでいました。
おそらく江戸時代初期から住み続け、
分家を繰り返しながら数を増やしてきたのでしょう。
そして、その分家のひとつが北海道に渡ったのが、
当家だったのではないかと推測しました。
ほどなくして、一通のお返事が届きました。
そこには、「北海道に渡ったご先祖のことを聞いたことがある」と書かれていました。
本家の場所も、お墓も、お寺も、すべて教えてくださいました。
菩提寺がわかれば、お寺の記録、つまり過去帳にたどりつける可能性があります。
日本では、江戸時代が始まってまもない1640年ごろ、
すべての人がどこかの寺に所属しなければならないという檀家制度が始まりました。
それ以降、亡くなった人の戒名や命日が、菩提寺の過去帳に残されるようになったのです。
そして、先ほどお伝えした江戸時代の移動制限は、ここにも深く関わっています。
江戸の末期に先祖が住んでいた村を特定し、
その地の菩提寺を見つけることができれば、
その寺に代々の先祖の戒名が残されている可能性が高いのです。
そこには、数百年分、十数代にわたる家の記録が眠っているかもしれません。
この過去帳もまた、戸籍と同じく、
日本の歴史と文化が生み出した奇跡のような記録です。
さらに、その地域の郷土資料や苗字辞典を見ると、
「先祖は島根から来た山伏だ」
「先祖は秋田で佐竹氏に仕えた医者で、その後修行しながら岩手にたどりついた」
そんなことがわかる場合もあります。
庶民の家系には、武士のような家系図はあまり残っていません。
その代わりに、土地とのつながりが強く残っています。
だからこそ、郷土資料の中に記録が見つかることがあります。
人の記憶、お寺の過去帳、郷土資料。
つまり、地域の記憶そのものが家の記録なんです。
村の歴史と家の歴史が重なっていく。
それこそが、庶民の家系をたどる最大の醍醐味です。
ですが、戸籍に続き、この人の記憶と郷土の記録までもが、今まさに失われつつあります。
次回は、家系図を作るもうひとつのタイムリミット、
「消える記憶と記録」についてお話しします。
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