-1000年前への第一歩-
「あなたの家系図、1000年前まで遡れるかもしれません。」
そう告げた瞬間、人々の目には驚きと期待が混ざり合う。
家系図作成という仕事には、そんな瞬間が幾度も訪れる。
役所には自分の戸籍がある。そこには父ちゃんや母ちゃん、そのさらに上の世代の情報が記録されている。
戸籍をたどれば、誰もが江戸時代末期のご先祖様に行き着ける。そしてさらに進めば、1000年前の源平藤橘の時代にまで遡れることもある。
私は家系図作成を専門にしている。時には「自分のルーツを知りたい」という情熱を抱えた人々の相談に乗り、その旅路をサポートしてきた。
-源静香、家系図に挑む-
「もしもし…えーと。家系図?ってやってます?よね?」
電話越しに響く弾むような声。若い女性だろう。
「はい。ホームページをご覧いただいたんでしょうか?」
「近所に住んでて、看板見てホームページ見た!」
その明るい声に思わず受話器を少し耳から離す。
視線を横にやると、居間で遊んでいたフミ(5歳)とチヨ(2歳)がこちらをじっと見ている。
「お父さん、お仕事中だから静かにね。」
タマ(妻)が声をかけ、二人を抱えて奥の部屋へ連れて行った。
「まずいくつか伺ってもいいですか?」
「いいよー、どんな感じ?」
-「知らない」から始まる物語-
「何代くらいまでご存じですか?おじいさん、おばあさんの名前は?」
「おじいちゃんまでわかる。それ以外は知らない!」
「江戸時代に住んでいた場所はご存じですか?」
「全然わかんない!」
「お墓やお寺の場所は?」
「うーん、どこかにあるんだろうけど……知らない!」
わからないばかりだが、こんなケースは珍しくない。
「大丈夫ですよ。ほとんどの方がそんな感じです。」
「そっか、よかったー!」
彼女の声がさらに明るく弾けた。天真爛漫で礼儀知らずではない、不思議な愛嬌がある子だ。
-ポニーテールと折り畳み自転車-
「で、お願いしたいんだけど、どうすればいいの?」
「内容や料金を一度ご説明して……」
「いや、大丈夫!ホームページも見たし、両親の家系を調べたいって思ってます。」
「そうですか。それでは……」
「それでね、今、家の前にいるんだよね!」
「え?」と驚いて窓をのぞくと、ポニーテールの女の子が折り畳み自転車を押している。
玄関を開けると、彼女が明るく頭を下げた。
「こんにちは!急に来ちゃってすみません。」
ポニーテールにカジュアルな服装。背筋の伸びた元気な姿が初々しい。
「源静香(みなもとしずか)です!」と名乗る彼女。
「え、源静香…さん?…ドラえもんの?」
「そうそう、よく言われます!」
笑顔でさらりと答える彼女につられて、こちらも思わず笑ってしまう。
-父の記憶をたどって-
「ところで、失礼ですがお若いですよね?」
「えっと、19です!」
さらりと答える彼女。未成年からの依頼も可能だが、親御さんの承諾が必要だ。
「お父様かお母様にご相談いただけますか?」
「お父さんはこないだ亡くなって……でも、お母さんなら委任状書いてくれると思う!」
「そうだったんですね。お辛かったでしょう。」
「うん。でも、お父さんのことをちゃんと知りたいの。家族の歴史もね。」
寂しげな笑顔の奥に、しっかりとした意志が感じられた。
-過去へ。未来のために-
「家系図を自分で作るのはどうですか?」
「えっ、自分でできるの?」
「ええ。戸籍を取得していくところまでは誰でもできますよ。」
「でも、お金とか払わないと悪いし……。バイト代ためてきたんだ」
「いえ、今日は大丈夫です。方法をお教えしますよ。」
「ありがとうございます!すっごく助かります。」
彼女の瞳が輝きを増したように見えた。
こうして、静香との家系調査が始まった。彼女の旅路は、やがて桓武天皇の血筋に連なる武士の歴史と北海道開拓の足跡を明らかにする壮大なものとなる。一方で、父方の家系に隠された謎は、彼女に血のつながりの絆と葛藤を教えることになるのだった。
静香の家系調査は、過去を知る旅であると同時に、自分自身を見つめ直し未来を形作る旅でもあった。