『1000年たどる家系図の物語』 序章 源静香と1000年の家系図

【小説版】「1000年たどる家系図の物語(仮)」-目次‐
序章 源静香と1000年の家系図←このページはコチラになります。
【第一部】
第一章 1000年の物語を紡ぐ旅
第二章 家系図はじめました
【第二部】
第三章 200年前 戸籍が紡ぐ軌跡
第四章 400年前 藩政資料が紡ぐ武士の人生
第五章 1000年前 -人皇第五十代帝桓武天皇四十世ノ子孫源静香-
【第三部】
第六章 また家系図はじめました
第七章 人はなぜ家系図を作るのだろう?
第八章 霧の渋民
第九章 雨の渋民
第十章 飴の渋民~泣いた赤鬼~
第十一章 虹の渋民
第十二章 伊予守源義経~夢とロマンと…
-終章- 優しくなりたい
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序章 源静香と1000年の家系図

-1000年前への第一歩-

「あなたの家系図、1000年前までさかのぼれるかもしれません。」

そうお伝えすると、みなさん決まって「えっ?」という顔をされます。
まあ、1000年も前のご先祖のことなんて、普通は考えませんよね。

でも、それを調べるのが私の仕事。
家系図を作っています。

古い文書を読み、ご先祖のお墓を探し、足跡をたどる。

ときには、源氏や平氏、藤原氏、橘氏――歴史に名を残す一族の子孫だとわかることもあります。そんなときは、私も思わず「おお、すごいですね」と声が出ます。まるで、教科書の中の話が現実につながるような瞬間です。

さあ、1000年前への第一歩を踏み出しましょう。

-源静香、家系図に挑む-

よし、かけてみよう。
スマホを手に取り、看板に書いてある番号を押した。
ちょっと緊張するけど、知りたい気持ちのほうが勝っている。
家系図なんて考えたことなかった。でも――今は、どうしても知りたかった。

「もしもし…家系図ってやってますよね?」

電話の向こうから、弾むような若い女性の声が聞こえてきた。

「はい。ホームページをご覧いただいたんでしょうか?」

「ううん、近所だから看板見て知ってた!」

突然の明るい声に、思わず受話器を少し耳から離す。

自宅兼事務所の居間では、5歳のフミと2歳のチヨがキャッキャとはしゃいでいる。妻のタマが「お父さん、お仕事中だからね」と優しく声をかけながら、二人を奥の部屋へ連れて行った。

「まず、いくつかお伺いしてもよろしいですか?」

「うん!どんな感じ?」

-「知らない」から始まる物語-

いつものように、家系についての基本的な質問を始めた。

「何代くらいまでご存じですか? おじいさまやおばあさまのお名前は?」

「おじいちゃんまではわかる! それ以外は、全然知らない!」

「江戸時代にご先祖が住んでいた場所は?」

「えー、全然わかんない!」

「お墓やお寺の場所はご存じですか?」

「うーん、どこかにあるのかな?……知らない!」

「大丈夫ですよ。ほとんどの方がそんな感じです。」

「そっか、よかったー!」

彼女の声が、さらに弾む。明るく天真爛漫だけど、不思議と礼儀正しさも感じさせる。そんな話し方だった。

-ポニーテールと折り畳み自転車-

「それでね、今、家の前にいるんだよね!」

「え?」

驚いて窓の外を見ると、ポニーテールの女の子が折り畳み自転車を押して立っていた。慌てて玄関を開けると、彼女は屈託なく頭を下げる。丁寧なお辞儀と、まっすぐな瞳。明るい雰囲気の中に、しっかりとした育ちのよさを感じた。

「こんにちは! 急に来ちゃってごめんなさい!」

シンプルな服装に、爽やかな笑顔。背筋がピンと伸びていて、立ち姿もきれいだ。

「源静香(みなもとしずか)です!」

「え、源静香…さん? …ドラえもんの?」

つい口をついて出た言葉に、彼女はすぐに笑顔で返す。

「そう! よく言われる。同姓同名。今日ドラちゃんは呼んでないよ。」

その軽快な返しに、ついこちらも笑ってしまった。

-「知らない」から「知りたい」-

「ところで、失礼ですが…お若いですよね?」

「えっと、19です!」

静香さんは自然体で答えた。大学生だろうか。

「ご依頼には、親御さんのご承諾が必要になるのですが…。」

「あ、お父さんはこないだ亡くなっちゃったけど、お母さんなら委任状を書いてくれると思う!」

その言葉に、一瞬息をのむ。19歳という若さで、肉親を亡くす――どれほどの喪失感を抱えているのだろう。

「そうでしたか…。お辛かったでしょう。」

静香さんは一瞬、目を伏せた。しかし、すぐに顔を上げ、明るい声で続ける。

「うん。でも、お父さんのことを…もっと、ちゃんと知っておけばよかった。家族の歴史も。」

笑顔の奥に、強い意志が感じられた。
それはただの好奇心ではない。彼女を突き動かしているものが、そこにあった。

-過去へ。未来のために-

「家系図、ご自身で作ってみるのはいかがですか?」

「えっ、自分でできるの?」

「ええ。できる部分もありますし、難しいところはお手伝いしますよ。」

「でも、お金払わないと悪いし……。バイト代、ためてきたんだ。」

「いえ、今日は大丈夫です。私もドラえもん世代なので、源静香さんとなると、つい応援したくなってしまって…それに、ご近所さんですしね。まずは方法をお教えしますよ。」

少し早口になってしまい、軽く咳払いをする。
静香さんのまっすぐな姿勢に、ふと5歳と2歳の娘たちの成長した姿を重ねてしまった。父親を亡くしたばかりの彼女に、何か少しでも力になれれば――そんな気持ちもあった。

「ありがとうございます! すっごく助かる!」

静香さんは満面の笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。

こうして、静香さんとの家系調査が始まった。

彼女の母方の先祖は、桓武天皇の血を引く武士の歴史と、北海道開拓の足跡を刻んだ壮大な物語を持っていた。
一方、父方の家系には、華やかな伝説の陰に、浪漫と呼ぶにはあまりに重い、華やかな伝説の陰に、

これは、過去を知る旅であり、同時に、自分自身と向き合う旅でもあった。

そして私にとっても、家系図作成という仕事の意味を改めて考える、大きな転機となる出来事だった。