高級品の巻物に…富裕層は「家系図」をどのように書くのか?
自分を取り巻く親類縁者との関係が明確になることから、相続について考える富裕層を中心に「家系図」への注目が高まっています。きっかけがなければ難しい作業であるかもしれませんが、やり方次第では、江戸時代の先祖まで遡ることも可能なのです。本記事では、家系図作成代行センター株式会社代表の渡辺宗貴氏が、子孫まで長く伝えることのできる家系図作成のポイントを紹介します。
家系図を書くには「テクニック」がいる
みなさんのイメージの通り、家系図は筆+墨で書くのが一般的ですが、これがかなり難しいです。「家系調査は自分でしたけど、筆耕は頼みたい」という依頼は多く、また筆耕を頼む業者を探すのも、意外と大変です。なぜなら書家であっても家系図を書くとなると難しいからです。「家系図、書けますか?」と聞いても、断られることもあります。
それでも「自分で書いてみたい!」という人もいると思いますので、ポイントを説明していきます。まず、筆耕の大きな流れですが、基本的にどのように書くか自由ですが、筆者の場合は「1.記載範囲を決める」「2.下書き見本の作成」「3.毛筆で筆耕」「4.桐箱への名入れ」の順番です。1つずつ、見ていきましょう。
1.記載範囲を決める
記載範囲には2種類あり、1つは「人物の記載範囲」、もう一つは「人物の情報の記載範囲」です。前者は基本的に、直系とその兄弟姉妹を書くとバランスがいい家系図ができます。
「人物の情報の記載範囲」は、基本的には人物の下か横に生年没年を記載するにとどめるといいでしょう。生年没年を入れると、先祖がどの時代に生きたのかがわかり、見た目にも非常に美しくなります。また、その他に判明していれば戒名。特段記載したい情報があれば1~3行程度の注釈を入れるのもいいでしょう。
家系図を書く時のポイント
2.下書き見本の作成
ここで重要なのは、バランスです。上下左右の余白、人物や生年没年・タイトル(○○家系図)の文字の大きさ、人物の間隔……。この時点で仕上がりの美しさが決まります。特に二系統を筆耕する場合は、バランスが大変難しいです。それぞれの家系図の記載人数の多さ、系線の複雑さに応じて、バランスよく仕上げなければなりません。実はこの下書き作業が最も難しいです。
下記上段の写真は、筆者が最初に書いた家系図です。人物間のバランスは良いのですが、余白や文字が大きすぎ、全体的に間延びした感じです。その下は、何十枚と依頼をこなした上での現在の家系図です。感覚的なものですが、先の作品に比べるとグッと引き締まっています。
筆者が最初に書いた家系図
筆者が何枚か書いてコツをつかんで書いた家系図
3.毛筆で筆耕
下書きに沿って文字と系線を入れていきます。これは恐ろしい作業です。一文字間違っただけで台無しですから。ゆっくり確実に神経をすり減らしながら行いますが、あまり時間をかけてもいけません。時間を置くと、墨の水分が蒸発してしまい。書き始めよりも段々濃くなっていってしまうのです。
時間のかかる作業なのですが、なるべくなら一日で、短時間で終わらせてしまいたいところです。それは天候によって墨のチリ具合が替わってしまうため、同じ条件で書き上げるのがベストだからです。
保存についても最大限気をつけなければなりません。筆耕作業をする場所と保存場所を変えるなどして、少しでも湿気のないところに保存します。余計な水分を吸うのを防ぐためです。
また、まっすぐな線を書くのは筆では恐ろしく難しく、竹べらなどを使っても途中で掠れて長い線は書けません。筆者の場合、色々と試行錯誤していくうちに、現在では大変美しい系線が書けるようになりました。付き合いのある書道店の店主など、書道の心得のある人に見てもらうと、「これマジック(のペン)じゃないよね? どのようにして書いたの?」とびっくりされます(実際にどのように書くかは企業秘密です)。
直線で書くのが難しい、家系図の「系線」
他に筆耕で欠かせないのが紙ですが、は中国製の画仙紙がおすすめです。家系図=和紙をイメージする方が多いと思いますが、実は中国製の画仙紙の方が和紙よりも滲みが少なく、小さな文字を書く家系図に向いています。中国製の画仙紙のなかでも、高品質で滲みが少なく薄手のものを選びましょう。
4.桐箱への名入れ
最後に、桐箱に「○○家 家系図」と筆耕します。筆耕に関する作業はどれもすべて間違えが許されない恐ろしい作業なのですが、なかでもこれが一番恐ろしいです。
そのまま筆耕すると木目の溝に墨が滲んでしまうので、表面を薄くやすりをかけてから筆耕します。それでも少しは木目への滲みは出てしまいます。これは木に墨で書く以上避けられないので、ここは納得するようにしてください。
桐箱に書いて筆耕は終了
「表装」は職人の手作りか、安価な機械か
家系図づくり、いよいよ最後の工程である表装(=書画を巻物や軸に仕立てること)です。表装には大きく分けて、本表装と機械表装があります。簡単に言うと、本表装は「昔ながらの、職人(表具師)の手による手作りでの表装」、機械表装は「のりを使わない最新の技術を使った機械での表装」です。
どちらがいいのかという話ですが、それは色々な意見があります。機械表装を行っている表装店の店主は、
「うちは庶民のための掛軸(巻物)店なんだ。見た目には変わらないし、充分に品質は良いから、わざわざ本表装にしてお金をかけなくても、手ごろな価格で楽しんでもらいたい。うちも本表装はできるよ。でも今はね、機械表装の技術が大変進歩して、昔よりも気軽に掛軸が楽しめるようになっているんだ」
また本表装をしてくれる表具屋の店主は、
「相場を知らない人は、ウチの掛軸の値段を聞いてびっくりするんだ。最低でも5~6万円から、材料によっては100万円を超えるから。そういう時はデパートに行けば1万~2万円で掛軸が売っているとすすめるんだ。安いからといって、恥ずかしいことじゃないから。
ただうちには、ずっと昔から家に伝わる掛軸を仕立て直しに来る人がいっぱいいる。そういうものには先祖の魂が宿っている。そういう風に、代々伝えていくものを本当に大事にしたい人もたくさんいるんだ。本当にいいものがほしかったらうちに頼みなさい。機械表装が悪いってわけじゃないよ。ただ、機械表装と本表装はまったく別のものだから」
つまり、どちらでもいいということです。ではどちらが機械表装で、どちらが本表装でしょうか?
本表装と機械表装の比較
上が本表装で、下が機械表装です。実物を見てもほとんど違いはありません。実物を見てもほとんど違いはありません。実物の折り目をよーく見ると、本表装は少し手造り感があります。しかし見た目にはほとんど差がなく、むしろ機械表装のほうがきれいに見えるかもしれません。
本表装(左)と機械表装(右)の比較
筆者の個人的な感想ですが、本表装には機械表装にはないぬくもりがあるように思います。また重さや手触りに関しては、本表装のほうが柔らかく軽いです。表装は見た目の美しさももちろん大事ですが、長期にわたって保存することも重要な役割です。柔らかで軽い方が、痛みにくく長期保存に適します。
では細かく見ていきます。
まず「裂地」について。代表的な素材に絹と綿がありますが、絹の方が高価で柔らかく、表装には向いています。巻物にする場合、固めの裂地だと開いたり巻いたりしているうちに負担がかかり少しずつはがれてきてしまう場合があります。柔らかな裂地でないと巻いたときに痛みやすいのです。
全体的な品質は、本表装の場合は表具師がすべてを考慮し材質を選んでいるので、仕上がりに一切心配はありません。表具師も、品質に妥協がありません。それを裏付ける話として、たとえば本紙の裏に補強やシワを伸ばすために薄い紙や布を貼る「裏打ち」という作業を行いますが、この裏打ちの紙は、仕入れてから1年間は使用しないで保存します。なぜなら、紙を仕入れた地域とは気候が違うからです。ほんの少しの水分量の違いで張りが変わるため、気候に馴染むまでは使わないのです。
本紙の裏に薄い紙や布を貼る「裏打ち」
また本来は巻物か掛軸かによって軸先は違います。掛軸の場合は軸と軸先が同じで構わないのですが、巻物の場合は軸先が細くなります。機械表装の場合は、巻物・掛軸問わず同じ作成方法、工程で作成されているため、同じ軸先になります。これは掛軸のほうが圧倒的に流通量は多く、掛軸を想定して材質、作成方法で巻物も作られる、という事情があるようです。
価格は、本表装は最低でも5万円以上で、あとは材質によって上限はありません。機械表装は安ければ1万円台からあります。しかし筆者の感覚としては、あまり安すぎるものは避けたほうがよく、できれば5万~10万円くらいのものを選んだほうが、保存を考えると無難です。
家系図にどこまでこだわるかは人それぞれ
最後に本表装と機械表装には、「仕立て直しができるかどうか」という大きな違いがあります。仕立て直しとは、自分の子孫、子、孫、ひ孫、玄孫……と代が進んでいったときに、家系図を書き足していくことです。
本表装であれば本紙に新たな紙を継ぎ足していけますが、機械表装は難しいです。半永久的に代々伝えていくなら本表装、子供と孫の代くらいまで気軽に楽しむなら機械表装というのが1つの選び方だと言えそうです。
筆者が最近書いた家系図