★家系図作成専門 行政書士渡辺宗貴事務所が運営する家系図作成代行センター株式会社

「冊子製本1」江戸時代以前中世・古代の○○家の家系の流れ

お手持ちの資料、あるいは家系図作成代行センター(株)での調査によって、各家の1000年以上前の天皇家からの家系の流れが

・明確な場合

・複数候補があり特定できない場合

・まったく不明の場合

が考えられます。

また、

・家系図が組める場合

・家系図が組めない場合

も考えられます。

それぞれに応じて解説文をお付けいたします。

江戸時代以前中世・古代の葛西家の家系の流れ

葛西氏は、前述した通り第50代桓武天皇の流れをくむ葛西清重から始まります。

葛西清重は鎌倉幕府を開いた源頼朝の家臣となり、文治5年(1189)の奥州征伐に従軍して大いに活躍し、現在の岩手県南部から宮城県北部におよぶ広大な土地を恩賞として与えられ、奥州の鎌倉御家人を統括する奥州総奉行に任じられました。

この職は事実上、奥州の覇者ともいうべき権限を持っていました。清重は同時に奥州における拠点を石巻城(宮城県石巻市日和山)に定めます。清重自身はその後も鎌倉と奥州を行き来しましたが、南北朝時代(1333-92)になると葛西氏は完全に本拠地を奥州に置き、居城もこのころに石巻城からより大規模な寺池城(宮城県登米市登米町)に移しています。

室町時代(1336-1573)には石巻の葛西氏と寺池の葛西氏に分裂し、宗家争いを起こしていますが、結局は寺池の葛西氏が勝利し、葛西満信(1370-1420)のころには伊達氏と結んで領土を拡大し、隣接する豪族大崎氏とたびたび対立しています。

そして17代当主・葛西晴信(1534-97?)のとき宗家は滅亡しました。晴信は京に上って織田信長に拝謁し、所領の安堵を約束されましたが、次の豊臣秀吉のとき、天正18年(1590)の小田原征伐に参加しなかったため改易されて滅びました。

しかし葛西氏には寺崎・柏山・富沢・岩淵・黒沢・本吉・笠井氏など庶流家が多く、これらの中には宗家の滅亡後、苗字を葛西に復して近隣諸国に移り住んだ家もあったと思われます。

さらに滅亡の以前から宗家の領土拡大の先兵として現在の岩手県や青森県に進出していた葛西氏があったことも記録から分かっています。

当家も宗家の滅亡前か後かは分かりませんが、宮城県から青森県に移動した葛西氏の末裔です。

当家が江戸時代(1603-1867)に住んでいた飯田のそばには戦国時代(1467-1568)、滝井館という城郭があり、北畠顕範という武将がいました。

当家の先祖はその家臣の一人だったかも知れません。

そして滝井館が天正6年(1578)、津軽為信によって攻め落とされたとき、飯田に逃れて農民になったとも思われます。

姓氏家系大辞典
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「家系図の冊子製本」見本

「冊子製本1」目次

「冊子製本1」まえがき

「冊子製本1」○○家の歴史概要

「冊子製本1」苗字の由来

「冊子製本1」家紋の由来

「冊子製本1」菩提寺

「冊子製本1」墓石

「冊子製本1」家系図

「冊子製本1」江戸時代以前中世・古代の○○家の家系の流れ

「冊子製本1」江戸時代の○○家

「冊子製本1」近代~現代の○○家

「冊子製本1」住所録・年代対照表・参考文献

「冊子製本1」あとがき

「冊子製本2」の場合

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「家系図作成業務」価格表

家系図の冊子製本 料金・価格

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