★家系図作成専門 行政書士渡辺宗貴事務所が運営する家系図作成代行センター株式会社

家系図作成代行センターの目的・経営理念

日本国民すべての皆様に

ご先祖様の戸籍が全国の役所に眠っていることを知っていただき

その戸籍は子孫のみなさまであれば取得することができることを知っていただき

できることであれば今すぐご先祖様の戸籍をすべて取得していただく

ことが、家系図作成代行センター(株)の目的です。

みなさまの戸籍は現在の本籍地(たいていは現在お住まいの地)の役所に保管されています。

ご先祖様の戸籍も昔ご先祖様が住んだ地の役所に人知れず保管されています。

古い戸籍には江戸末期~明治初期を生きたご先祖様の「お名前」「住んだ村(本籍地)」「お生まれになった年」「お亡くなりになった年」の他、「相続」「分家」「養子」「婚姻」など様々な情報が載っております。

戸籍の情報

家系図作りはきっかけがなければ一生やらないかもしれません。

必ずしも必要なものではないので一生家系図を作られない方も多いかと思います(無理にお勧めするものではありません。それはそれで構わないと思います)。


古い戸籍には保管期限があります。

古い戸籍は一日ごとに破棄されています。

※2010年に戸籍法が改正され保管期限が延長されました。当面は戸籍が破棄される心配はなくなりましたが、やはりいずれは破棄されるものです。


全国のどこかの役所に保管されているご先祖様の戸籍は、子孫の方が探しに来なければ、この先誰の目にも触れることなく、永遠に破棄されてしまいます。

保管期限を迎えた当日や役所の年度末、あるいは市町村合併のタイミングで、誰に通知されることもなく、役所や法務局の冷たい倉庫に運び込まれ封印されます。

東京や大阪、あるいは各都道府県の都心部の役所では倉庫に保管されるのではなく本当に破棄処分されています。


私(家系図作成代行センター代表 渡辺宗貴)には2歳(2011年現在)の娘がいます。

一度封印されたご先祖様の戸籍は二度と取得することができません。

例えば札幌の法務局や各都道府県の法務局には保管期限の切れた戸籍がいまだ保管されているところがあることは確認しております。

ですが、子孫の方がどんなに窓口で戸籍を出してもらうよう頼んでも出していただけた例はありません。

役所や法務局の方も戸籍法にもとづいて対応するしかないのでやむ得ないことですが…。

私(家系図作成代行センター代表 渡辺宗貴)には2歳(2011年現在)の娘がいます。

当然今は家系に興味なんてないでしょうが

娘がいつか中学生になり高校生になり大人になって…

「戸籍をとって家系図をつくってみようかな」

と思った時には、今なら取得できるご先祖様の古い戸籍は間違いなく破棄されて入手できなくなっています。


今ならまだご先祖様の古い戸籍が残っていることの方が多いです。

戸籍は子孫のみなさまであれば取得することができます。

一人の方が取得できるご先祖様の戸籍の数は人により差異がありますが30~50通前後になります。

多い人は50通を超えます。

ご夫婦お二人分の戸籍であればさらに1.5~2倍近くになります。

30~50通前後の戸籍を取得するのは、大変な手間暇はかかりますがご自分でもできます。お金はかかりますが私ら行政書士に頼むこともできます。

方法は何でもいいです。

ご自分で取得されても、私ら家系図作成代行センターにお任せいただいても他業者様をお探しになっても結構です。

もしほんの少しでも家系図作成やご先祖様にご関心があれば、今残っている戸籍は一日も早く取っておいてください。


戸籍を読み込むと家系図を作ることもできます。

全家系の家系図

古い戸籍は読むのが大変なのでこれはちょっと難しい面もありますが、ご自身でもある程度はできますし、正確な家系図が必要でしたら私ら家系図の専門家に頼むこともできます。

※古い戸籍の文字

古い戸籍は読むのが大変


戸籍でさかのぼれる限界点。

日本に戸籍制度ができたのが明治5年(壬申戸籍)、現在取得できる一番古い戸籍は明治19年のもの(明治19年式戸籍)です。

戸籍では150~200年前のご先祖様まで辿れます。

江戸末期~明治初期のご先祖様のお名前やお生まれになった年、お亡くなりになった年がわかります。

世代数でいうとおおよそ3~6代前までわかります。

※両親を一代上と数える。※平均4~5世代前までわかります。

ちょうどドラマの「JIN-仁-」や坂本竜馬の時代まで判明しますが、この辺りが戸籍でたどれる限界点です。

このように戸籍でご先祖様をたどるには限界点がありますが、戸籍調査で一番重要なのは何代前まで判明するかだけではありません。


一番古い戸籍まで取るとその先のご先祖様をたどる手掛かりにもなります。

現在取得できる一番古い戸籍には江戸時代末期~明治初期にご先祖様が住んだ本籍地が記載されています。

一番古い戸籍まで取るとその先のご先祖様をたどる手掛かりに

江戸時代は今とは違い、人の移動に制限があった時代です。

武士も庶民もその地を領地とした藩に管理されていました。

古い時代は戸籍の本籍地=住所でした。

戸籍から本籍地がわかれば、ご先祖様は代々その地に住んでいた可能性が非常に高いです。

ご先祖様のお墓やご先祖様が代々お使いのお寺(菩提寺)がその地にあると考えられます。


戸籍調査の結果からご先祖様の暮らしを知る。

また、お住まいだった地を調べることによってご先祖様の暮らしぶりを知ることもできます。

私(渡辺宗貴)の母方葛西家は江戸時代青森県北津軽郡板柳町の飯田村というところに住んでいました。

ご先祖様の住んだ村を調べると下記のようなことがわかります。

例)青森県飯田村葛西家の江戸時代の暮らし~青森県板柳町飯田

当家には江戸時代(1603-1867)のご先祖のことが記された家系図も過去帳も伝わってはいませんが、古い除籍簿の記載から飯田村の住人であったことは間違いありません。開けて間もない飯田村に住んでいた住人には戦国時代(1467-1568)から同地の近くにいた者と岩木山の東北方面にある高杉(現在の青森県弘前市高杉)あたりから移り住んだ者がいたといわれていますから、当家もそのような家だったと思われます。当家の江戸時代(1603-1867)の具体的な暮らしぶりは分かりませんが、飯田村の歴史を通じて先祖の生活の様子をうかがい知ることはできます。飯田村は岩木川中流の右岸に位置する村落で、弘前藩津軽氏の領地でした。村の石高は貞享4年(1687)の記録によれば610石余り。年代が下るにつれて石高は微妙に上下していますが、おおむね幕末なるにつれて減少している傾向があります。そのことからも村人の暮らしが決して楽ではなかったことが知れます。農業の割合はほぼ水田と畑作が半分ずつで、土地の豊かさは中くらいと記録に見えます。弘前藩は寛政年間(1789-1800)になると飯田村の荒廃した田畑の復興を目指して弘前城下に住む藩士に移住土着を奨励しましたが、実際に移り住んだ藩士は御留守居与力の和島安兵衛一家だけでした。ほかに村には藩から郷士の扱いをうけていた高杉家がありました。享保10年(1725)の記録に高杉新五郎が見えます。明治3年(1870)にも藩は移住土着を命じますが応じた藩士は2人のみで成功はしませんでした。明治初年の村の戸数は71軒。明治12年(1879)には飯田小学校が開校し16人の村の子供が入学しています。産物は米のほかに藍(あい)葉(は)・大豆・菜種などでした。当家はこのような村に200年以上にわたって暮らしていました。


戸籍調査の結果から苗字の由来を知る。

さらに、戸籍調査の結果判明した本籍地と苗字・家系の研究結果を織り交ぜるとそもそもの家系の由来が見えてくることもあります。

例)青森県飯田村葛西家の中世・古代の家系の流れ

葛西清重は鎌倉幕府を開いた源頼朝の家臣となり、文治5年(1189)の奥州征伐に従軍して大いに活躍し、現在の岩手県南部から宮城県北部におよぶ広大な土地を恩賞として与えられました。その嫡流は戦国大名となり、現在の宮城県登米市迫町佐沼にあった佐沼城を居城として葛西晴信まで続きましたが、豊臣秀吉の小田原陣に参陣しなかったため滅亡しました。しかし、その間に葛西一族は北上を続け、南北朝のころには青森県にまで広がっていました。当家の出身地である飯田のそばには戦国時代、滝井館という城郭があり、北畠顕範という武将がいました。当家の先祖はその家臣の一人だったかも知れません。そして滝井館 が天正6年(1578)、津軽為信によって攻め落とされたとき、飯田に逃れて農民になったのかも知れません。

他にも

・そもそもの家紋を推測・調査。

・お墓、お寺探し。過去帳探し。

・武士か庶民(農家・漁家・神主・住職・商人・職人)かの調査

・旧土地台帳、古地図などの土地関係資料収集

など、すべてが戸籍調査から始まります。


とにかくまずは戸籍調査から

・今は興味ない

・いつかは作りたいと思っている。

・たいした家じゃないから

・調査するの面倒

・戸籍取ってもそれ以上の調査はたいへんそう

家系図は普段の生活にあってもなくても困らないものです。

無理に作り必要は全くないですし、興味がない方が多いのも当然のことと思います。

また、逆に

・家系に関して非常に関心ある

・親族が作っていた

・いつかはご先祖様の住んだ地に足を運びたい。

と、かなり興味をお持ちの方もかなりいるかと思います。

いずれの場合でも、できることであれば戸籍だけは取得しておくといいかもしれません。


戸籍調査をされた方は皆一様に「安心した」「肩の荷が下りた」と言います。

・○代前までさかのぼれた

・こんなにたくさん戸籍が集まった

・思っていたより立派な家系図ができた

・名前も知らなかったご先祖様がたくさん出てきた

戸籍を取って家系図を作られた方からの喜びの声はたくさんいただきます。

喜んでいただくポイントも人それぞれです。

皆さん共通して仰るのが「安心した」ということです。


全国の役所に人知れず眠るご先祖様の戸籍

いつ破棄されてしまうかわからないご先祖様の戸籍

ご自分の代ですべて集めて家系図にまとめたという安心感かと思います。

この先一通の戸籍も取る必要がなく、まずやれることはやったという安心感かと思います。


時代劇が好き・歴史が好き・ミステリー小説、推理小説が好き

ご自分の家系にはさほど興味なくとも、時代劇や歴史が好きという方からのご依頼も非常に多いです。

一番古い戸籍に記載されたご先祖様はまさに坂本竜馬・勝海舟・西郷隆盛と同じ時代を生きた方たちです。

また、戸籍をたどって家系図を作成する作業はまさに推理小説を読む楽しみに似ています。


戸籍調査の後はどうすればいい?

戸籍を取ればその先の調査も見えてきます。

ご先祖様の住んだ地を訪れてもいいかもしれません。

ご自分の代ではご先祖様の住んだ地に行く暇がないという場合でも、取得した戸籍、作成した家系図をお子様お孫様に残してあげてください。


取得した戸籍、作成した家系図はお子様お孫様へ

もしかすると、お子様お孫様は今は興味ないかもしれません。

それでも、お子様お孫様が今の皆様と同じ年齢になるころには家系に興味が出てくるかもしれません。

家系に関する興味関心は人それぞれですが、やはり年を追うごとに強くなるようです。


お子様お孫様がいつか家系について調べようと思ったとき。

現在なら取得できる古いご先祖様の戸籍は間違いなく破棄されて無くなっています。

古い戸籍でご先祖様の本籍地がわかれば、お墓やお寺探しも可能になってきます。

また当社には戸籍以上の家系調査を行うノウハウもあります。

「戸籍調査」後に「戸籍以上の調査」のご相談も承れます。


巻物・掛軸・冊子製本。家系図の保存方法もいろいろと楽しみは広がります。

調査結果を20~30冊の冊子に製本して親族様に配ったり、巻物や掛け軸にして家宝として保管することもできます。

家宝「巻物(掛軸)家系図」


こんな会社です

地図・アクセス

家系図作成代行センターの目的・経営理念

こんな社員がいます

代表渡辺宗貴ご挨拶

代行センター物語

よろしければ下記「お問い合わせ」フォームをご利用ください

無料!「家系図作成ガイドブック」進呈

無料!「家系図作成ガイドブック」進呈

家系図に関してご関心おありの方に「家系図作成ガイドブック」を無料で差し上げております。

戸籍調査の基礎知識から1000年前までたどる戸籍以上の調査についてまで記載しております。

メール一通で簡単に請求できます。

無料配布期間は未定です。

予告なく終了する場合がありますのでお早めにご請求ください。

無料!「家系図作成ガイドブック」進呈はこちらから!

「家系図作成業務案内パンフレット」を無料でお送りしております

 詳しい家系図作成業務案内パンフレットをお送りいたします。

 もちろん無料です


家系図作成相談お客様窓口